日々の雑感


by さむちゃん
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カテゴリ:読書( 45 )

愛するということ


心理学者エーリッヒ・フロムの著書「愛するということ」を取り上げた新聞記事が目に留まった。読売朝刊の「ビジネス5分道場」というコラム欄だ。
フロムは、「愛されたい」という幼稚な愛から、「愛する」という能動的な成熟した愛に移行するのが真の大人の愛だという。

致知という雑誌で紹介された作家の西村滋氏の体験談が出ている。
西村氏は6歳で母親を結核で亡くす。結核を病んでから母親は、どうしたわけか気が狂ったように息子につらく当たったそうだ。それまでは溺愛していたわが子を手のひらを返すようにである。

彼は継母にもなつかず、父にも死なれて少年院に入るまでにグレてしまう。ところが、当時の家政婦が少年院にやってきて母親の真意を伝えるのである。
当時不治の病といわれた結核なので当然うつしたくないという気持ちもあっただろう。
「憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。あの子が新しいお母さんにかわいがってもらうためには、死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです」と伝えたそうだ。

西村少年は頬にはらはらと大粒の涙を流し改心するのだ。

その時のその場の愛ではない、歳月が過ぎてやっと理解できる究極の愛情といえるかもしれない。親の心子知らずという。彼にとっては亡き母親の慈悲の心・愛を知った瞬間に、愛する対象を得てまさしく「愛される」から「愛する」に昇華した瞬間だったのかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2010-05-17 00:56 | 読書

今朝(5/10)の毎日新聞朝刊のコラム欄「発信箱」を読んでいて腹が立った。
筆者は北米総局の小松健一氏だ。

このたび国連の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて多くの日本人被爆体験者がニューヨーク入りし被爆体験を語り続けたことに関してのエピソードである。

被爆者の一人がニューヨークの学校での集会でパールハーバー(真珠湾攻撃)を謝罪したことを踏まえ、アメリカの反戦活動家がブログで「どうして被爆者が謝らなければならないのか」と疑問を呈したそうだ。
小松氏は22年前広島支局勤務時代、広島・長崎の被爆者がニューヨーク・ブルックリンの高校で被爆体験を語った際に出張取材で同行した経験を持つ。その時その高校の校長が「パールハーバーがなければ原爆もなかった。それをどう思うか」と質問したそうだ。被爆者は唇をかみしめて沈黙したらしい。それをみるに見かねたアメリカ人教師数人が駆け寄り「原爆投下は正当化できないと考えている米国人もいることを理解してください。私たちがそうです」と励ます。
小松氏は、被爆者たちは怒り・憎しみを覆い隠して被爆の惨状を語るという心理的葛藤を強いられてきた、という。そして、現在、核兵器の廃絶を訴えるオバマ大統領の誕生で環境が変わってきたことと合わせ、高齢の被爆者たちに残された時間は長くないから、封じられてきた魂の叫びを受け止め続けたいと結ぶ。

このコラム欄を読んで日本人のお人好しがこんなところにも出ていたのかとあきれた。小松氏自身もマスコミに長年身を置きながら何ら事態の改善、提言をしてこなかったのだろうかと思って腹が立ったのである。
被爆者たちは、体験談を語り核兵器廃絶に向けてアメリカや世界に発信していくという高邁な理想を掲げているとはいえ、現実にはガス抜きに利用されているだけという思いがする。22年前のツアーでは当然予測されるであろう想定問答の準備はしていかなかったのだろうか。そのときの苦い体験を活かしてメディアはなぜまじめに原爆投下の違法性を告発できなかったのだろうか。少なくともアメリカに反論できる理論武装の提言をしてあげなかったのだろうかと悔しい思いがする。22年経っても何も進歩していなかったわけだ。日本人的メンタリティーで謝ればわかってもらえるなどといった甘いものではないはずだ。国際場裡においてはなおさらのことだ。

先ほどの校長先生の質問に対して、僕なりに考えるのは反論というより次のような疑問を逆に提示してみせたい。
①原爆をなぜ広島・長崎に二発も落とす必要があったのか?
②大戦中43年のイタリヤの降伏は別として、45年5月ののドイツ降伏は原爆投下を知っていたのではないか?むしろ知らせていたのではないか?
③アメリカは二種類の原爆の威力を実験するために着々と日本投下に向けた仕掛けを実行していったのではないか?
④真珠湾攻撃はアメリカの陰謀説もあるがどうなのか?

最後に僕は言いたい。戦前の日本の軍国主義を正当化するつもりなどさらさらないが、アメリカの原爆投下をあいまいにしたり巧みにポイントをずらしたりするのがたまらなくいやなだけだ。アメリカ人は内心きちんと反論しない日本人を馬鹿だと思っているはずだ。奥歯に物がはさまった言い方でなくきちんと意見を言ってこそアメリカ人は日本人を評価すると考えたほうがいい。僕はアメリカに友人・知人がいて親米派であるがゆえにそう思うのである。負けて勝つとという戦略でもあればまだしもそれもなさそうだからだ。

小松氏の言うような「封じられてきた魂の叫びを受け止めたい」などと他人事のようなことを言ってないで、コラム欄の名前どおりにオピニオンリーダー的な発信をするのが新聞メディアの務めだろうといいたい。
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by attainmentofall8 | 2010-05-10 18:23 | 読書

米原万理展


先日木曜日に、市川の吉澤ギャラリーで開催中の米原万理展(3/27~5/9)に出かけてきた。
ロシア語の同時通訳者で作家としても有名な女史の個展が、没後市川で開かれるとは不思議な縁だなと思って気になっていた。随筆や小説は読んでよく知っていたので期間中にぜひ出かけてみたいと思っていた。彼女の著書の特徴は間口の広さだ。下ネタ系からまじめな言語学、政治、経済、比較文化と縦横無尽に歯に衣着せぬ小気味よさがある。彼女の実妹井上ユリさんの話もあるという。ところが「井上ひさし氏が亡くなりユリさんの講演は中止になり、代わりにイタリヤ語通訳の田丸さんの講演に変更になりました」と張り紙がある。なるほど、井上ひさしの関係で今回の個展開催になったのだと合点がいった。米原万理は井上ひさしの義理の姉にあたるわけだ。

井上ひさし氏は以前市川に在住していたことがあって、最近では市川文化振興財団の会長職をやっていたと思う。子供たちの読書啓発啓蒙に努力されていた。こまつ座という劇団も主宰していて今は確か三女が引き継いでやっているはずだ。昔一度だけこまつ座公演を見に行ったこともある。

井上氏といえば、僕が私淑している市内の浄土真宗の住職から聞いた話だが、昔そのお寺を散歩がてらふらっと訪ねてきたことがあったそうだ。小説の取材だと思うが石川啄木の母親がいつも背中に背負っていた位牌は何宗の位牌か訊かれたらしい。そのときは、禅宗ではないかといって禅寺を紹介されたそうだ。のちに「泣き虫 なまいき 石川啄木」という作品になったようだ。五歳で父親に死に別れ施設に預けられて育ったという過去が、作家井上ひさしの原点にあるという。「人間みな悲しみや辛さや憂いをもって生まれてくるもの。でも笑いは人間がつくるもの、だから笑いがなければならない」にしても、「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに書くこと」にしろ、井上ひさしの人間性に根付いた言葉だと住職はいう。

米原万理の作品にも、井上ひさしの影響があるように感じた。まず数々の著書の題名タイトルにしてもそれだけで楽しめるくらいだ。「不実な美女か貞淑な醜女か」「ガセネッタ&シモネッタ」「ヒトのオスは飼わないの?」「パンツの面目ふんどしの沽券」「終生ヒトのオスは飼わず」「心臓に毛が生えている理由」などなど。これらのタイトル見ただけでちょっと手にとってみたいと思わないだろうか?タイトルで本の売れ行きが変わるといわれる昨今、彼女の本が売れるのも当然と納得がいく。
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by attainmentofall8 | 2010-05-02 11:51 | 読書

赤い万年筆


昭和18年の春から秋口にかけてのある旧制の私立中学校の新入生を主人公に描いた小説である。

主人公梶井信一が中学に入学してからの学業、教師との関わり、友情関係を軸に話は進む。戦況が厳しさを増してくる中で、優秀な人材を残して戦後の復興に寄与させようと考える教師と何が何でも戦地に送り込みたい教師との軋轢もクライマックスを迎える。

いつも胸ポケットに赤い万年筆をいれて持ち歩く図工の渡部先生。もちろん戦中に男性が赤い万年筆など持ち歩くこと自体が独特ではあるが実はわけがあるのである。梶井信一を評価し才能を伸ばしてくれるすばらしい先生だ。
渡辺先生が写生について生徒たちに次のように語る場面がある。「・・・・・ただ物の形を写すだけでは、真の写生とは言えません。それにもっと大事なことは、植物や動物だけでなく石にも山にも、川や海や空にも生命があって、その生命を単に私たちの眼だけでなくて、心でも感じ取って絵筆で表すことなのです。・・・・・みなさん、無生物体にも生命はあるのです。もし何気なく存在しているように見える石や山や川や海、空の奥にひそむ生命を感じ取る心を持つならば、私たちの心はいっそう深く豊かになります。・・・・・」
含蓄のある示唆に富むセリフだ。

実はこの小説は、ペンネーム宮春人を使ってあるが、僕の尊敬する新保昇一先生(早稲田大学名誉教授)の書かれた小説なのである。定年後の70歳過ぎてから処女小説を上梓されたエネルギーはものすごいの一言に尽きる。昨年暮れにいっしょに飲む機会があったが80歳過ぎていらっしゃるにもかかわらず日本酒に関しては僕より強い。半升くらい軽く飲まれる。焼酎では負けないのだが・・・。剣道師範の腕前で今でもかくしゃくとした姿勢で歩かれる。見習いたい人物の筆頭格だ。
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by attainmentofall8 | 2010-04-27 23:27 | 読書

本の紹介

石原式会話で攻略!メディカルイングリッシュ | Excite エキサイト ブックス > 書籍情報
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by attainmentofall8 | 2010-01-19 22:18 | 読書