日々の雑感


by さむちゃん
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原発立地と明治維新

内田樹元神戸女学院大学教授のブログに、原発とその立地を江戸末期から明治維新時の歴史的考察から論じた面白い箇所を見つけたので抜粋して考えてみたい。

以下抜粋
僕は高橋源一郎さんと3か月に一度会って、『Sight』という雑誌のために政治的話題にだけ限定した対談をしています。前回の対談の時は原発の話だったのですが、そのときに「原発と戊辰戦争」という話題が出ました。
幕末の戦争で、ご承知のように、東北の諸藩は庄内藩、会津藩を救うために奥羽越列藩同盟を結んで官軍に抵抗しました。この戦いで一番悲惨な目に遭ったのは、会津藩でした。藩主松平容保が京都守護職の任に当たっていた折りに新撰組を使って討幕派を弾圧したとされたためです。会津藩はその後斗南藩なり、極寒不毛の地であった下北半島に移されました。実高40万石から7千石に落魄した斗南藩での生活の悲惨さについては柴五郎の伝記に詳しく書かれています。そしてその斗南藩のあった場所に、今は原子燃料サイクル施設のある六ヶ所村があります。
福島県と下北半島に原子力関連施設があることと東北諸藩に対する明治政府の弾圧の間に何の関係もないと僕には思えません。
数えてみたのですが、日本には今54基の原発があります。東北と北海道に19基、福井と新潟に23基です。つまり、42基の原発が「佐幕」側にある。浜岡は駿府なのでもちろん徳川です。薩長土肥には2基だけ。佐賀県の玄海と、鹿児島の川内です。薩摩は西南戦争で中央政府に弓を引きましたし、佐賀は江藤新平の佐賀の乱がありましたから、そのペナルティでしょうか。長州には上関原発が計画中ですが、現役の原発は存在しません。
もちろん、原発が中央政府に刃向かった「賊軍」エリアに選択的に設置されたというような話をしているわけではありません。そうではなくて、中央政府に刃向かった地域は、どこもそのあとインフラの整備が遅れたということです。それくらいの傾斜配分は当然あったはずですし、あっても仕方がない。
以上抜粋

ユニークな見立てではあるが、原発立地自治体に住む住民からすれば穿ちすぎ、ピント外れと言わざるを得ない。薩摩が西南戦争で中央政府に弓を引いたから、そのペナルティーから原発が立地された(一応否定してあるが)ともとれるし、要は刃向ったがゆえにインフラ整備が遅れていたところに甘い話が降ってわいたのに飛びついたということだ。

視点として抜け落ちているのが、全国で10ある電力会社のテリトリーを考慮していない点である。自分のテリトリー内に原発を造っていないのは東京電力と関西電力である。また原発を持っていないのは沖縄電力だけである。原発立地が決まった経緯において、国から潜在意識化であろうとペナルティー的な立地選択があったと考えるのには無理がある。各電力会社が自分のテリトリー内に造ることを前提にラフな好適地を複数選んで選出議員の従順度と住民の懐柔度をはかりにかけたというのが真実に近いのではなかろうか。

原発立地に候補として名乗りをあげれば莫大な補助金がもらえるということで、複数の自治体が名乗りを上げたのは事実である。しかしながら首長の独り相撲で終わったり、住民の抵抗にあって潰えたり、選出代議士の反対でぽしゃったところが多い。最終的に立地適地として決まった自治体は、極端に他県の自治体と比べインフラ整備が遅れていたということではなく、莫大な補助金や漁業補償費、農業補償費のまえにあえなく屈したといえる。政治的な工作が功を奏したと考えるべきだろう。
福島第一原発事故以降明らかになる各電力会社の、裏工作やでたらめさをみれば、立地を決める際にも同じようなさまざまな工作をしたのだろうと考えるのが自然だ。
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by attainmentofall8 | 2012-04-10 23:43 | 災害・原発