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日々の雑感


by さむちゃん
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菅公の腰掛け石

学問の神様として全国的に尊崇されている菅原道真公(菅公)(845-903)にまつわる史跡が地元にある。菅原道真公腰掛け石(写真)である。

菅原道真公は、894年遣唐使の廃止を建議して右大臣に任命されるが、左大臣の藤原時平の讒言(ざんげん)により901年太宰権師(だざいのごんのそつ)として太宰府に左遷され2年後には不遇のうちに亡くなってしまう。

菅原道真公の怨霊を鎮めようとしたのが天神信仰で、最初京都の北野天満宮に祀られるようになった。その後全国に天神や天満宮が伝播していき、怨霊が静まったと考えられるようになると今度は学問の神様としてあがめられるようになり、受験生などの守護神になっていく。

菅公は都の藤原時平が暗殺の刺客を送ったとの噂をきくと太宰府から海路南下して薩摩の湯田口海岸に上陸する。それから歩いて上湯田方面に向かう。途中、腰を下ろして休憩をとったと伝えられる石が菅公の腰掛け石である。

菅公が腰を下ろした石というだけで1100年以上も伝承されていることにまず驚く。当時中央政界にいた重鎮が讒言の末に太宰府に左遷されたという事件だけでも世を騒がせたことだろう。その当の本人が薩摩の片田舎にお忍びでやってきたということがまた大事件だったのではと想像する。
菅公の腰掛け石_a0158075_2153872.jpg

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by attainmentofall8 | 2011-05-14 21:05 | ふるさと鹿児島 | Comments(0)