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和睦&塩大黒

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天下統一をめざす豊臣秀吉は天正15年(1587)大軍を率いて薩摩大小路町の泰平寺に本陣を構える。日向・根白坂の合戦で大敗を喫した島津軍は形勢不利となり、平佐城での防戦も及ばず島津義久は降伏を決意する。剃髪して僧体となり名を「龍伯」と改めて秀吉と対面し和議を結ぶ。その時の対面の様子をモニュメントにしたのが国道3号線わきに置かれている。泰平寺はここから500mほど離れたところにあるが、和睦を記念した和睦石や、時の住職宥印法印(ゆういんほういん)の墓もある。

さらに泰平寺にまつわる逸話として塩大黒天というのがある。
その昔、塩が不足して困っていたとき寺の小僧が大黒点に向かって「ぼーっと立ってばかりいないで塩でも持ってきてください」とつぶやいたそうだ。数日後、甑島(こしきじま)から塩が運ばれてきた。小僧の願いを聞き入れてくれた大黒さんはそれ以来「塩大黒」と呼ばれるようになった。約45㎝の本物は寺に安置してあるという。

大黒天は食べ物の神様としてお寺の厨房などにまつられている七福神の一神である。この塩大黒天も大きな袋を背負い、右手に打ち出の小槌を持ち、米俵の上に載っている普通の大黒天と姿恰好は変わらない。近世においてきわめて重要な調味料であった塩を持ってきてくれたというところが象徴的だ。

現在なら「塩は取りすぎると体に悪いから、何か他にうまかもんもってきてよ~」とつぶやく小僧さんがいるかもしれない。大黒さんは困って「ハングリーな方が長生きするよ~」って返すだろう。まあこの飽食の時代には大黒さんの出番はなさそうだが、東北の被災者の方々にたくさん届けてくださいと頼めそうだ。
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by attainmentofall8 | 2011-05-08 23:37 | 歴史 | Comments(0)