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芥川賞受賞作

第144回芥川賞受賞作を2作やっと読み終えた。授賞式の時の「美女と野獣」というフレーズが面白おかしく週刊誌を賑わせたが、やはり文藝春秋社にしてみれば世の耳目を引かなければならないので、今回の二人受賞もその線かなと思った。

「きことわ」というタイトルから何のことだろうと興味を引くようになっている。作者の朝吹真理子氏は良家の出で現在慶応大学大学院に在籍中というプロフィールそのものの作風で、時間概念のとらえ方が巧みだと感じた。時間感覚の不思議さをうまくストーリーにのせられたなと思う。

良家の母(春子)・娘(貴子)と、その葉山にある別荘の管理人の女性(淑子)とその娘(永遠子)を中心にストーリーは展開する。貴子(きこ)8歳、永遠子(とわこ)15歳の頃の思い出から25年後の現在までのロングスパンの時間軸を行きつ戻りつしながら、実に巧みに個々人の感じる時間感覚を鋭敏に描写している。

さらに、古生物学、地質学、天文学、気象学、昆虫学、植物学などの薀蓄がさりげなく出てきて、選考委員をうならせるには十分なものがある。これまでの受賞作品にも共通する言葉の幅(ボキャブラリー)が広いうえに手練れの感がする。

敢えて難を言えば、心臓の悪い母親の春子さんが煙草のみなのだが、バニラの香りのする両切りのたばこを吸っている描写がある。人差し指と中指でタバコを挟み、自由のきく親指と小指で口に入った葉をとるのだが、これっていったい何の銘柄? 女性がフィルターなしの両切りを好むのかなあ?違和感がした。

バスがエキゾーストブレーキをきかせて停車する場面で、「圧を抜く音をさせて停まる」と表現しているが、排気ブレーキの原理からいえばもう少し違う表現でもよさそうだが…。
まあどう難癖をつけようともこれだけの作品が書ければ、さすが受賞作と言わざるを得ない。


もう一つの受賞作「苦役列車」。西村賢太氏は先ほどの朝吹氏とは対極にあると言っても過言ではない境遇の出である。文体もそうである。自分の悲惨な家庭環境と来し方を私小説風に余すところなく書き連ねたという作品である。

最近は小林多喜二の蟹工船に励まされる若者がいて売れているそうだが、現状に不満を鬱屈させているフリーターやパートタイマーには受けるかもしれない。自分よりもっとひどい環境にいる者がいると知るだけで勇気づけられるだろう。ただそうした若者がはたして本を読むかの問題はある。

男性にはわかるが女性にはちょっと体臭が強すぎて嫌われる類の小説かもしれない。実際女性の選考委員からは推薦をしぶられている。団鬼六のエロ小説でも読んでいるのかと間違えるようなくだりもある。恥も外聞もなく書くのが私小説であってみればこれも仕方ないのかもしれないが、オブラートに包まれた表現に文学作品としての価値もあると思うのだが…。

西村氏は大正から昭和初期の私小説作家、藤澤清造に私淑したそうでジーパンの腰ポケットに彼の作品のコピーを常に忍ばせていたそうだ。確かに文体的にも影響を受けすぎてしまった感がある。結句という言葉が特に鼻についた。しかしながら、惚れぬいた一人の作家をとことん突き詰めたらこれほどの作品が書けるのかという励みにはなる。

美女と野獣という表現は読み終わって、文体そのものもそうなんだと妙に納得がいった。
もちろんいい意味で。
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by attainmentofall8 | 2011-02-12 21:33 | 読書