赤い万年筆
2010年 04月 27日
昭和18年の春から秋口にかけてのある旧制の私立中学校の新入生を主人公に描いた小説である。
主人公梶井信一が中学に入学してからの学業、教師との関わり、友情関係を軸に話は進む。戦況が厳しさを増してくる中で、優秀な人材を残して戦後の復興に寄与させようと考える教師と何が何でも戦地に送り込みたい教師との軋轢もクライマックスを迎える。
いつも胸ポケットに赤い万年筆をいれて持ち歩く図工の渡部先生。もちろん戦中に男性が赤い万年筆など持ち歩くこと自体が独特ではあるが実はわけがあるのである。梶井信一を評価し才能を伸ばしてくれるすばらしい先生だ。
渡辺先生が写生について生徒たちに次のように語る場面がある。「・・・・・ただ物の形を写すだけでは、真の写生とは言えません。それにもっと大事なことは、植物や動物だけでなく石にも山にも、川や海や空にも生命があって、その生命を単に私たちの眼だけでなくて、心でも感じ取って絵筆で表すことなのです。・・・・・みなさん、無生物体にも生命はあるのです。もし何気なく存在しているように見える石や山や川や海、空の奥にひそむ生命を感じ取る心を持つならば、私たちの心はいっそう深く豊かになります。・・・・・」
含蓄のある示唆に富むセリフだ。
実はこの小説は、ペンネーム宮春人を使ってあるが、僕の尊敬する新保昇一先生(早稲田大学名誉教授)の書かれた小説なのである。定年後の70歳過ぎてから処女小説を上梓されたエネルギーはものすごいの一言に尽きる。昨年暮れにいっしょに飲む機会があったが80歳過ぎていらっしゃるにもかかわらず日本酒に関しては僕より強い。半升くらい軽く飲まれる。焼酎では負けないのだが・・・。剣道師範の腕前で今でもかくしゃくとした姿勢で歩かれる。見習いたい人物の筆頭格だ。
by attainmentofall8
| 2010-04-27 23:27
| 読書
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