昆岳登山

 5月1日の本格登山のために、きょうは登山道確認作業に参加した。総勢10名。
元号が変わるのに合わせた記念登山と植樹が目的という、葉っぱの会の方々と一緒に登らせてもらった。

 7年ほど前に上った時と比べて倒木も多く、登山道がはっきりしないところもあって1時間ほどかけて山頂にたどり着いた。
昔は、杉の木も今ほど伸びていなくて雑木も茂っていなかったので西方海岸や紫尾山がきれいにみえたのだが、今回は眺望もいまいち。
木立の間からのぞいてうっすらみえるという感じであった。もっとも、雨あがりの曇り空であったのでしかたないところもある。

# by attainmentofall8 | 2019-02-11 18:20 | ふるさと鹿児島

切れ字の「や」

降る雪や明治は遠くなりにけり  中村草田男

切れ字を二つ使った例としてよく取り上げられる俳句だが、教科書にも掲載されている。先日の句会で、この句には似たような先行句があったということを知った。

獺祭忌明治は遠くなりにけり 志賀介子

中七と下五が同じなので盗作のように言われるが、「明治は遠くなりにけり」は、昭和になって「明治を懐かしむ」自然な気持ちとして出てきたフレーズではないだろうか。
しかも後者は、子規の忌日の獺祭忌を使っているので、子規にまつわる文学的な風潮が薄れてきたと慨嘆しているような響きがある。季語によって限定された句に仕上がっている。

一方、草田男の句は、切れ字をダブルで使った悪例と酷評する向きもあるが、大胆に推測するにこの「や」は詠嘆ではなく「並列」の「や」と考えることも可能ではないか。

つまり、「降る雪」はそれに象徴される何か大きな事件と理解すると、人間の忠義やその時代時代の特徴的な人間性を示唆していて、大正・昭和とそれが失われつつあることに慨嘆しているようにも思える。

これは、切れ字を二つ使うことは制約の多い五七五の世界では愚かなことだという共通認識の下での大胆な推理である。草田男はあえてそれにチャレンジしたのだろうか?!
# by attainmentofall8 | 2016-10-14 21:30 | 俳句/短歌/川柳

大関靖博句集

唯一福永耕二師系の結社を標榜する「轍(わだち)」
その主宰をされている大関靖博氏の句集 現代俳句文庫72ふらんす堂 をもらった。収録作品は、「点描画」抄、「風速」抄、「轍」抄、「五十年」抄、それぞれ百句ずつ計四〇〇句。

大関氏は、英米文学者で専門は古英詩。市川中学一年で能村登四郎に出会い能村氏の没後「沖」の編集長をされている。(現在、沖は登四郎の三男研三さんが主宰を務めている。)

第一句集の「点描画」の福永耕二の跋文(昭和53年8月)を載せてあるが、師弟愛が感じられてほほえましい。大関氏に福永耕二が薩摩流で飲まそうとするが頑として肯わなかったそうでその芯の強さを誉めている。

句集より印象に残った句を挙げてみる。

空占めて落葉松の芽の点描画
死に会ひし帰路の陸橋しぐるるよ
錦木や福永耕二三回忌
末裔としてしたたかに落花浴ぶ
黄落といへば耕二の忌なりけり
天命を受け容れて山眠りけり
飛んでゐるとき力抜く蜂の脚
初蝶の既に命の重さかな
たましひが身から飛び出す大嚔
トマト一個ほどの心臓吾にあり


大関氏は、あとがきに、「二物衝撃」と「瑣末主義」について長年悩んできたが、ここ五年ほどでやっとある程度の解決をみて心の平安が戻ってきた、そして「二物衝撃」は「万物調和」の世界へと導かれ、「瑣末主義」は「一毛孔の中に一切仏を見たてまつる」への観照へと導かれていくと書いている。句業五十年の氏の句集にもうすこし浸ってみたい気分になった。
# by attainmentofall8 | 2016-08-17 23:19 | 俳句/短歌/川柳

切れ字「の」

外山滋比古著「省略の文学」を、先日ある方から頂いたので再読する機会を得た。高校の時、読んだのを記憶しているが、当時は内容までは十分理解できなかったように思う。それというのも当時は俳句など全く別世界のことと考えていた節があり、字面だけで内容までは読み切れなかったというのが正直なところである。

普通の文章のロジックを放棄する破格的語法をとるのが俳句であり、月並みな散文性を超克するための必然的方法である。リアリズムの立場から俳句を理解しようとすると、この論理の放棄による純粋詩性を逸してしまうと外山は言う。そして次の一句をあげている。

病雁の夜寒に落て旅寝かな 芭蕉
(やむかりの よさむにおちて たびねかな)

通説のように「病雁が夜寒に舞い落ちて旅寝をする」その姿に、旅に病む作者の孤独と哀愁が二重写しにされていると解釈されるが、そうとしても旅寝の主語を病雁とするか作者自身とするかによって、一句の余情は変わってくる。

「て」によって無理やり主格の転換を行って論理を捻じ曲げていることが、「て」のあとの空間が詩的作用を大きくすると考えられる。

この句の主格を一元的に病雁とするか、二元的に病雁と作者と解するかは「て」の切断力による。つまり散文におけるような意味は俳句には存在しない。
俳句が持っている含蓄は、各人によって異なる解釈を許す曖昧さでありそれが余情というものである。

外山は、旅寝の主格だけを指摘しているが、「夜寒に落ちる」の主格も作者ではないかと私は考える。つまり「病雁の」の「の」で切れるという超文法的異変が起きているとみる。一般的には、「の」は連体修飾語をつくる格助詞と考えられるが、日本国語大辞典には間投詞としての用法を挙げてある。文中の文節末にあって、聞き手を意識しての感動を表わす。間投助詞「な」に近いとある。

「花の色は移りにけりな」の「な」に近いわけである。こう考えると私の解釈もあながち間違いではないだろうと思う。
# by attainmentofall8 | 2016-08-11 22:24 | 俳句/短歌/川柳

華文化講演会

「華」短歌会の文化講演会が、鹿児島市民文化ホールであった。
第一部は七人のパネリストによるシンポジウム「短歌の魅力とは?」
第二部は「現代の喪失」、前華短歌会代表 川涯利雄氏の講演。

シンポジウムは、七人の華の同人が、自己紹介の一首、初めの一首、衝撃の一首、好きな一首を個々に話していくという形式であった。内容的にはすばらしいことを話されているのにシンポジウムという形式に則っていないために、パネリスト同士あるいは聴衆から出た質問に答える討議がほとんどなかったのは残念だった。今回、外部から講師を呼ばないで自前で作り上げた毎年恒例の文化講演会という触れ込みであれば、もっと質問や意見がどんどん出る雰囲気になってもよかったのではと思う。


川涯先生の講演は、岡野弘彦の歌を中心に「現代の喪失」について。
冒頭に、

鳥にあり獣にあり他人にあり我にあり命といふは何をはたらく 宮柊二

という歌を紹介。何をしでかすかわからない人間の不可思議さに言及された。我という漢字は、両手に槍となぎなたを持って人間が本来持っている惻隠の情のような情感を守っているとのこと。

辛くしてわが生き得しは彼らより狡猾なりし故にあらじか 岡野弘彦

岡野氏は特攻を志願するも代々続く神社の宮司を継ぐために親の反対で叶わなかった。亡くなった多くの友人に申し訳ないという感情を常に持っている。鎮魂が日本人には足りないと岡野氏はいう。

坂の上の雲あかあかと夕焼けてまたひとり子が殺されにけり 岡野弘彦

現代人が失ってしまったものを、うたびとの善意で世直ししていく必要があるという結びであった。
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# by attainmentofall8 | 2016-08-06 23:05 | 俳句/短歌/川柳