日々の雑感


by さむちゃん
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詩性

心ここにあらざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず。
『大学』(中国・戦国時代の思想書、儒教の教典、四書の一つ)
と、いう言葉がある。しかし、たとえ心と視覚・聴覚・味覚とを連動させて、視たり聴いたり食したりしてもあるものに詩性を感じられるかどうかは、別問題であろう。

風に吹かれるコスモスに、またそのコスモスに群がる人々に、どんな詩性を感じて俳句なり川柳を作るかは人それぞれだろうが、こんなヒントがあることを教えられた。鹿児島県俳人協会の元会長、大岳水一路氏が主宰誌「湾10月号」の一言抄の中でこんなことを書いておられる。

「・・・・われわれはあまりにも肉眼に頼りすぎて見ることのみに執着しすぎているのではあるまいか。
鳥や花の前で目を閉じて、今まで肉眼に写っていた鳥や花を心に浮かべてみる時、意外に肉眼で見ていたものの外が心眼に浮びあがってくるのではあるまいか、すなわち詩の焦点が浮かび上がってくるのである。見えてくるということは、対象を詩へ絞り込んで摑むことである。」

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by attainmentofall8 | 2013-09-28 16:33 | 俳句/短歌/川柳

香積寺跡

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島津家の菩提寺といえば、玉龍山福昌寺(曹洞宗)であるが、明治2年(1869)の廃仏毀釈で廃寺になった。その後、明治31年に、薩摩川内市に再建されて現在に至っている。

江戸年間に、福昌寺の末寺に香積庵(こしゃくあん)という小寺が東郷町藤川の地にあった。(東郷町は平成の大合併で薩摩川内市になっている。)廃寺になったあと、京順和尚という名僧が惜しんで東郷町南瀬の地に1666年4月に不二山香積寺を再建する。しかしながらこの寺も明治2年に廃仏毀釈で廃寺になり、その後再建されることはなく、歴代住職墓や仁王像、仏像などが、昭和46年に東郷町の指定文化財に指定された、と案内板に記されている。

この香積寺跡地には、周りを畑に囲まれた10坪ほどの墓所があり石像や墓石が20基ほど残されている。近くには、京順和尚自ら彫ったと伝えられる木彫りの像が安置された小屋がある。
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by attainmentofall8 | 2013-09-27 01:22 | ふるさと鹿児島

連歌から川柳

前回の「歌仙を巻く」の記事で、川柳の歴史的誕生の説明が曖昧だったので追加したい。

川柳という言葉が固定化するのは、明治以降のことであるようだ。それまでは、前句付(まえくづけ)と呼ばれていたようで、前句付点者として有名だったのが柄井川柳(1718~1790)でその名前にちなんでいる。俳諧(連歌)中で、前句付の前句を略して付句(つけく)のみを抜いて一句独立させたのが川柳という文芸形態である。

前句付は、文字通り前句に後句を付けることで、575に77をあるいは77に575を付けること。77の14音句の後に付けた575の平句(厳密には発句・脇・第三・挙句以外の句)が独立したものである。人事に目を向け人情や風俗をよみこんで滑稽・風刺を旨とするのが歴史的にみた川柳といえる。

なぜ切り離す必要があったのかという疑問が生じる。これは岩波書店刊行の「川柳狂歌集」によれば、俳諧(連句・連歌)の稽古にさまざまな習いがあったところから発しているようだ。
「かいもくなる初心の人には、笠付を以て平句を仕ならはせ、少し功の行たる時、前句付を仕ならはせ、付はだへを覚えさせ、それも功の行たる時、発句合せをさせて、句作のよしあしを知らする事なり」

つまり全くの初心者は、笠付(与えられた上五に対して、中七・下五をつけて一句仕立てにすること)から始めて、ちょっと慣れてきたら前句付を習い、さらに発句合せ(最初の句)を習って句作の勘所を体得していく、というようなことらしい。

実際、どんな前句があるのかとみると、「じゃまになりけり じゃまになりけり」「どうもいはれぬ どうもいはれぬ」といった、現在のお題のようなものから、「子を誉めている舟の真ん中」「傘を持つ手をもたぬ傾城(けいせい)」といったものまである。

ここらで前回のブログの続きに戻ると、連句では平句は77の前句に付けるという考えと、後句に77が控えているという考え方ができる。とくに名残の裏では、必ずしも前句を受けて詠んでいるのではなくわりと自由に句が巻かれているようだ。川柳が連用形で止める句が特徴的なのも、後句を意識しているからだろうと思う。しからば、脳裏に77を置いて、言い止して余韻をためるという作り方を深めていくのも一つの技法ではないかということである。

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by attainmentofall8 | 2013-09-24 23:27 | 俳句/短歌/川柳

連歌

「歌仙を巻く」という言葉がある。
連歌は、5・7・5の長句と7・7の短句を交互に続けていく形式だが、区切りがないと果てしもないものになってしまう。そこで長句・短句を36句詠んだところで終わりとするのを歌仙というそうだ。「巻く」というのは、句を連ねていくこと。もともとは36歌仙(36人の和歌の名人の総称)にちなんだ言葉のようだ。

平安末期の前九年の役(1051~62)は、源頼家・義家親子が陸奥の豪族安倍頼時・貞任・宗任らの反乱を平定した戦いである。その時に、衣川関を捨てて敗走する安倍貞任(さだとう)を源義家が追いつつ、矢を番えながら下の句を歌いかける。貞任は即座にその上の句を返したので、義家は感じ入って「武士の情け」と、矢を放つのを止めたという話が中世の説話集『古今著聞集』にある。

追手の義家が「衣のたてはほころびにけり」と言い掛けると、逃げる貞任後ろを振り返り「年をへし糸のみだれのくるしさに」と即座に上の句を返したという。
「衣のたてはほころびにけり」は「衣川の館は滅んでしまった」「衣の縦糸は綻んでしまった」という掛詞になっている。一方、「年をへし糸のみだれのくるしさに」は「年老いて指揮が乱れて苦しくて」「年を経て糸が乱れて切れかけて」がやはり掛詞になっているところがポイントである。

死ぬか生きるかという瀬戸際で、よくもこんな風流な連歌などやっていられたものだと驚く。後世の歌人の創作であろうとは思うが…。同時に武士道の典型を見せられている感じもする。

ちなみに連歌の発句(切れ字などを含む)が俳句に、平句の前句が川柳になったことを考えると、付句(7・7)がつくことを前提に言い止したり、含みを持たせてあることも川柳では考慮したほうがいいのかもしれない。

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by attainmentofall8 | 2013-09-23 14:43 | 俳句/短歌/川柳

御手洗いも②

先日紹介した「御手洗いも」を作ってみた。たまたま、レンジ皿やすりおろし器を貸してくれる方がいたのでタイムリーだった。
中力粉の代わりに、パンケーキミックスを使って団子状にして蒸し器に入れて出来上がり。サツマイモ本来の甘みと混ぜたハチミツで甘みは十分。昔食べたようなないような微妙な懐かしい舌触りである。
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鹿児島市役所近くのブロンズ像「語らい」
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by attainmentofall8 | 2013-09-21 19:58 |

十五夜

今夜は十五夜。中秋の名月を愛でることができた。
中秋はだんご十五の月見也(古川柳)

だんごにはありつけなかったが、知覧産のサツマイモを炊飯器にかけてホカホカ芋を食べた。半合の白米とサツマイモ大三個をぶつ切りにしたものをいっしょに炊いて、戦中や戦争直後の人たちがよくいう「からいもがかるた米粒」を味わってみたが…。やはり時代背景がないと美味しいという言葉しか出てこないからふしぎだ。
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by attainmentofall8 | 2013-09-19 23:54 | 今日の一日

サツマイモのすりおろし

サツマイモ料理に「御手洗(みたらし)いも」というのがあるそうで、江戸時代に発行された「甘藷百珍」という料理本に書かれているそうだ。今朝(9/17)の南日本新聞に、それをちょっとアレンジしたものが紹介されている。

意表をつかれたのは、サツマイモを皮ごとすりおろして使うところである。サツマイモは好物で何十年も食べてきているが、すりおろすという発想がなかった。このレシピには、すりおろしたサツマイモに中力粉と塩、シナモンパウダーを混ぜてこねてから、蒸し器で6~7分蒸し、黒砂糖などで味付けしたみそだれをかける、とある。美味そうだ。

先日は、トマトを凍らせてからすりおろしてサラダにかける料理を教えてくれた方がいたが、これもトマトをすりおろすなど思いもつかないことだ。トマトの食べ方など、そのままかじるか、スライスするぐらいの固定観念しかなかった。湯むきするのにせいぜい茹でるくらいしか浮かんでこない。目からうろこであった。

恥ずかしながら、今回も知らないのは我ばかりで、ネットで調べてみると、おろして使う食材は、大根、キュウリ、ニンジン、レンコンだけでなくトマトやリンゴ、レモンなどいろいろ紹介されている。料理は創造だと言われるが、レモンを焼き芋風に焼くとか、リンゴをてんぷらにするといった奇抜な発想がないと創作料理はできないのかもしれない。

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by attainmentofall8 | 2013-09-17 23:31 |

日本語のありがとう

Eテレ「心の時代」に、四国八十八カ所霊場のひとつ大日寺で住職を務める韓国人、金昂先(キム・ミョウソン)さん(55歳)が出演していた。

ウイキペディアによれば、「大日寺(だいにちじ)は、徳島県徳島市一宮町にある寺院。四国八十八箇所霊場第十三番、四国三十三観音霊場第五番札所。大栗山(おおぐりざん)、花蔵院(けぞういん)と号す。宗派は真言宗大覚寺派、本尊は十一面観音。創建は弘仁6年(815年)。天正年間(1573年 - 1592年)に長宗我部元親の兵火によってすべて焼失したが、徳島藩3代藩主蜂須賀光隆によって再建された」とある。

この住職、金昂先(キム・ミョウソン)さんは、95年、徳島での韓国舞踊公演に招かれ公演し、大日寺の宿泊施設を利用したことがきっかけで、96年に先代住職大栗弘榮師と結婚する。

結婚後も韓国伝統舞踊家として活動してきた金さんは05年4月、韓国文化財庁から韓国人間国宝後継者の称号を贈られる。国外在住では史上初だそうだ。
そして07年に住職が脳梗塞で急逝。その後、いろいろ迷った末に、同年7月、息子の弘昴君と一緒に得度する。翌年、四国八十八ヶ所で初の外国籍を持つ住職となる。2011年、大韓民国文化勲章花冠叙勲。

番組の中で、一番印象に残ったのは、金さんが日本語の「ありがとう」を世界的に見ても素晴らしい言葉だと言っていたことである。以前このブログでも書いたことがあるが、過去のことを感謝するありがとう、例えば、「昨日はありがとう」「先日はありがとう」は、日本語特有のもので貴重である。それが、日本人の他人への慮り、優しさにつながっていると思うが、奇しくも金さんもそのようなことを言っていた。

まだ完ぺきではない日本語で檀家回りをしたり、徳島の阿波踊りを韓国に紹介したりと、日韓の懸け橋になっている。四国八十八カ所霊場が世界遺産になることを目標にしているそうだ。住職は数か国語を話せるのが理想と考え、息子はアメリカに留学させているとのことであった。両国関係がぎくしゃくしている時だけに、このような民間人は本当に貴重である。

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by attainmentofall8 | 2013-09-14 19:30 | 雑感

甑島お話届け隊

「甑島お話届け隊」の活動で、下甑島の3小学校を5人でまわった。
美しい景色、きれいな海、人情溢れる人々、素直で元気はつらつとした子ども達に触れられてこちらが癒されてきたという印象である。民宿の美味しい海鮮料理や、帰りがけにランチをとった喫茶店のエビフライには十分満足できた。

帰りのフェリーの待ち時間に訪れた観音三滝、今回初めての名所見学であったが、涼やかな、読書でもしながら長時間居たくなるような場所である。またのんびり訪ねてみたい。
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by attainmentofall8 | 2013-09-12 00:15 | 読み聞かせ

太鼓踊りと虚無僧踊り

九月第二日曜日、恒例の「太鼓踊り」(市指定無形民族文化財)と「虚無僧踊り」を初めて見ることができた。

「高城町太鼓踊り」は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、島津藩は将兵の士気を高めるため太鼓や鉦を叩いて踊らせたが、高城郷では独特の踊りを創作し後世に伝えたのが起源らしい。慶長11年(1606)高城郷民が、高城神社を創設してこの太鼓踊りを奉納したという。中断していた時期もあったそうだが、昭和34年再開され現在に至っている。
  
 

 「虚無僧踊り」は天保年間(1830年頃)、上方から行脚してきた普化僧が地元の群王山信興寺(廃仏毀釈で明治二年廃寺)に滞在中、高城郷の子女に教えたものと伝えられている。
 太鼓踊りと併せて、天保年代に虚無僧踊りも高城神社に奉納されるようになったという。虚無僧踊りも一時途絶え、昭和59年保存会が設立されて今日まで毎年高城神社大祭に奉納されている。

両方とも派手で軽快な踊りではなく、ちょっともの悲しいリズムの緩慢な踊りである。虚無僧踊りが、普化宗の行脚僧の踊りということを考えるともの悲しい踊りも納得がいく。太鼓踊りは、出征前の士気を鼓舞する音曲ではなく、朝鮮出兵後の戦死者を弔う踊りと考えられる。
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by attainmentofall8 | 2013-09-08 18:19 | イベント・お祭り