日々の雑感


by さむちゃん
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藤祭り&…

霧島市立和気公園の藤まつり
和気神社内にある龍馬とお龍の新婚旅行の地を記念した石碑。

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宮崎県小林市の生駒高原。35万本の菜の花と25万本のポピーがちょうど見ごろ。
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by attainmentofall8 | 2013-04-28 20:01 | 今日の一日

個の時代の川柳?

最近ハッとした言葉 
「子どもには川柳は作れない」

川柳が、人間心理を穿ち、軽みで味付けしてうならせるものであるならば、むべなるかなである。
喜怒哀楽に、俳句の春夏秋冬の感動に匹敵する感動の源泉を求めるものであれば、人生経験が豊富で波乱万丈の人生のほうが見つけはたっぷりあるということになる。フィクションを作りだす狡知さも、世の波にもまれているぶん長けているだろう。川柳が大人の文芸と言われるゆえんかもしれない。

前回、川柳の抽象化・難解さに言及したが、この傾向を的確に述べたくだりをみつけた。「時実新子 川柳の学校」のP35にこう書いてある。川柳の三要素では物足りなくなってきている。川柳はいまや個の時代に入っている。川柳も究極は「にんげんのうた」という括りで、喜怒哀楽のすべて、事象のすべてを個の「私の」内側で、心で捉えて表現する。それが現代川柳の到達した地点である。

とは言え、作者の独りよがりからくる難解句については閉口する。読者の理解不足からくる難解句であっても、作者と読者は不即不離(つかずはなれず)の関係を微妙にとる必要があるのではないか。落語の「考えおち」のように寄席を出てから納得するような川柳がはたしていいのかどうか…。

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by attainmentofall8 | 2013-04-27 23:59 | 俳句/短歌/川柳

教科書の川柳

川柳は教科書には取り上げられていないのかと思っていたが、そうではなかった。
中学1年生の「中学生の国語 学びを広げる 資料編」光村出版社に、興津要著「江戸の笑い」からの抜粋で10句ほどと句の解説が出ている。俳句、短歌は教科書本体に出ているのに資料編なのがちょっと残念ではある。

その中に、川柳とは、①江戸時代にできた分かりやすい庶民の詩である。②柄井川柳(からいせんりゅう)という人の名前からきている。③人間生活を中心に詠む。④歴史や伝説の人物も庶民生活の中に並べておもしろく作り直す。というようなことが書かれている。

おおむね間違いではないが、落語研究家の興津要氏の書いた「江戸の笑い」では、現代川柳の一端しか説明できていないように思う。荒っぽく言えば、教科書を含めた世間一般の認識はこの程度であると言える。

理由の一つには、短歌・俳句のような認知のための努力が足りないのではないかと思う。さらに川柳が軽み・滑稽から、いきなり抽象的・シュールな詩に移行しているのではないかとさえ思う。軽さの蔑視に耐えかねていきなり極端に走る傾向とでもいえようか。

奇しくも「つばさ59号」の自由席に外園ピアノさんが次のように指摘されている。現代川柳がイメージをあまりに大切にする方向にいき、難解になっている。具体例として、先般行われた吉野ヶ里大会での句をあげて、お手上げと控えめに書いておられるが、僕もさっぱりわからない。

一姫は世界を翔んで帰らない
千キロ先へ鯨の歌声が響く
月上る正座の山へ舟を曳く
ここからが陸で肩ひもをずらす

平均的国語力を持っていても、詠んだ方の句意を正確に把握するのは難しいだろう。選者が披講する際には、特選句、準特選句くらいは、どう理解してその句を選んだのか説明してもらうようにできないだろうか。また、作者の自句自解を受賞記念インタビューという形で披瀝するという形もいいのではないか。

ただ「発想のユニークさに脱帽」という選者のコメントだけでは、他の柳友・一般人は全く訳が分からないのではないか。川柳を真の意味で、俳句・短歌に伍していく短詩系の文芸と考えるならぜひそのあたりを、大会関係者には改善をお願いしたい。一般対象の新聞川柳欄においては、せめて中学高校生でも理解できる、噛んで含めるような解説があってもいいのではないかと思う。川柳の裾野を広げるためにもぜひ関係者にお願いしたい。

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by attainmentofall8 | 2013-04-25 23:53 | 俳句/短歌/川柳

末期の眼

「華」79号(川涯利雄編集)の編集後記に、川涯氏は「末期の眼(まつごのまなこ)」に言及されている。
川端康成の言葉である。死の間際に見る自然、人間がいかに美しく感動的に映るか。末期の眼で周囲を見回すと世の中は驚き、感動する事ばかりだろう。……
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若い時より、歳を重ねるにつれて目に入るもの感動するものが多くなるものである。野の草花、小さきもの、弱きものに対する慈しみの気持ちが強くなってもくる。そして究極の末期に、眼は今生の別れを惜しむかのように慈悲に満ちた光を発し、見るものすべてを輝かせて脳裏に焼き付けようとするのだろうか。

この世に生を受けた不可思議と、今ここにいる百千萬劫の稀有さを多少なりとも感じられれば、見るもの触れるものすべてが輝きを放たずにいられようか。一感動一首一句で過ごしていけるよう時間を過ごさなくてはいけない。

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by attainmentofall8 | 2013-04-24 23:50 | 読書

登坂車線

きょうは豊楽塾。車で移動中に「登坂車線」のよみ方が話題になり、「とうはん」か「とはん」かで、割れた。関東で免許を取得して以来、教習所でも警察署でもずっと「とうはん」だと思っていたが「とはん」もあるようだ。調べてみると、呉音も漢音も「とう」で、慣用読みが「と」になっている。慣用読みは大辞林の定義によれば、「慣用による読み方。正式な読み方以外によく用いられる読み方。」とある。登山(とざん)につられた慣用読みの感がする。登山は下山との音調をそろえるために「とざん」になったのではないかと思う。

あくまで推測なので正式のよみ方はわからない。無いのかもしれない。全国的に見たら、「とうはん」読み地域と「とはん」読み地域の分類でひとつの研究項目になるかもしれない。

いずれにしろ、「のぼりざか」や「とうばん」も多用されるようになれば、慣用読みになりうるかもしれない。日本語のこの辺りの寛容度が、外来語(漢字を含めて)を受容しやすくしているのだろう。もちろん外来語の概念を受容しやすい言語を持っているということは、日本人の文化や科学技術の優秀性の一因になっていると思う。

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by attainmentofall8 | 2013-04-23 18:26 | 雑感

245会

「やねだん」は鹿屋市串良町にある柳谷(やねだん)集落という限界集落が始めたユニークな村おこしだが、今では村おこしの代名詞のようになっている。身近に「やねだん」に匹敵する村おこし活動をしている村落があった。

活動内容はそれぞれ違うだろうが、市内田海町で活動している「245会(にしごかい)」は、自分たちの集落『西川内(にしご)自治会』を花と緑の地域にしようと1996年から活動をしている。つばさ柳友の山奥さんの紹介で、顧問の松若氏にお話を伺うことができた。菜の花、蕗、ツツジ、藤、紫陽花、ひまわり、さるすべり、コスモスなどを、道路わきの花壇や休耕田で時季時季に見られるように努力しておられる。今はツツジや藤が見ごろである。6月には、恒例のあじさいロードを歩こう会というイベントがあるそうだ。今年はぜひ参加してみたい。

「冷泉」というのも、245会の活動の成果である。文字だけ見れば、歌道の冷泉(れいぜい)家かと思ってしまうが、「れいせん」である。集落内に、温泉ではなく冷泉が湧出するところがあり、そこを写真のような憩いの場所として造ったものである。山の中なので十分に認知されていないことと利用度も低いようだ。温泉とは25℃以上のお湯が湧出するところをいうのだそうだが、ここは16℃で温泉には入らない。ただし、皮膚病、傷などに効能があるとのこと。足湯冷泉として売出し中だが、アクセスとパーキング施設があればもっと呼べると思うがちょっと残念だ。

前記の松若氏は、都会の中学生を山村留学研修のようにして毎年数名ずつ宿泊させておられる。この4月には香川県丸亀から来ていたみたいだが、自然が豊かな環境に一種のカルチャーショックを受けて帰ったのではと思う。

今回、いろいろお話を聞けただけでなく資料なども見せていただき大変参考になった。身近なコミュニティーでもできないか考えるきっかけをいただいた。感謝、感謝。
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by attainmentofall8 | 2013-04-22 19:37 | イベント・お祭り

Little Free Library

家の中に眠っている本、不要な本を無料で提供して一般の方が見られるようにするシステムが、今アメリカで流行のLittle Free Library(小さな無料図書館)である。図書館とはいっても、郵便受けくらいの大きさで家の形をした箱物である。歩道わきに設置されていて、地域の道行く人が自由に不要な本を入れたり、また好きな本があれば持って行ってもいいというシステムである。

昨日、阿久根のある方を訪問した際に、二階に作られた「こども図書館」を見せていただいた。ご夫婦とも教員をされていた方である。児童図書から古典文学全集まで幅広くそろっている。お茶やジュースでも飲みながら、のんびりと読書に浸ることができるスペースも作ってある。

本に親しむという意味では、身近にこのような図書館があればベストであろう。蔵書をいっぱい眠らせてあるという家が、他にもあるのではと推察する。身近にこんな小さな図書館を作っていく手伝いができればと思っている。
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by attainmentofall8 | 2013-04-22 09:12 | 読書

黒田清輝

天文館の近くで見つけた黒田清輝と弟子のブロンズ像。教科書にも出てくる「湖畔」で有名な洋画家黒田清輝である。

1866年鹿児島の東千石町に生まれる。法律を勉強するためにフランスに留学するが、洋画に魅了されて現地でラファエル・コランに師事して絵画を学び帰国する。帰国後は東京美術学校(現在の東京芸大)の洋画科の主任教授に就任。その後、帝国美術院院長や貴族院議員を歴任する。

1914年(大正3年)黒田は、たまたま鹿児島滞在中に桜島の大噴火に遭遇する。弟子を連れて大噴火の迫力ある絵を描く。その時の場面をブロンズ像にしたのがこれである。その絵は現在、鹿児島市立美術館に収蔵されている。
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by attainmentofall8 | 2013-04-20 23:56 | ふるさと鹿児島

椋鳩十文学記念館

念願だった椋鳩十文学記念館を訪れることができた。平成2年開館のこの文学館は、加治木町の中心部にあり加治木高校や姶良市役所からも近い。児童文学者、椋鳩十の生い立ちや執筆原稿、取材手帳の写しなどを見ることができる。また生前の書斎がそのまま復元されている。小学校の時読んだ記憶のある著作が展示してあり、懐かしい気分に浸ることができた。

椋鳩十は明治38年長野県の生まれだが、法政大学を卒業と同時に加治木高等女学校の教師となりその後17年間勤める。県立図書館長や鹿児島女子短期大学教授などを歴任するなかで数多くの著作を残し、昭和62年に82歳で他界している。

シートン動物記のような動物文学が鳩十の特徴であるが、加治木町に20年在住して動物の生態を正確に描いた作品で名声を博する。文学発祥の地として、加治木に開館したと説明がある。
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by attainmentofall8 | 2013-04-18 23:40 | ふるさと鹿児島

凱旋門

姶良市の山田集落にある凱旋門。以前から気になっていたが、日露戦争直後に村から出兵した兵士の帰還を祝って地元の人たちが造った建造物らしい。

1904、5年の日露戦争に山田村から陸軍88名、海軍25名、合計113名出兵したという。そして何名生還したかは書かれていないが、1906年に当時の石橋技術を応用して、凝灰岩を使って造った全国的にも珍しい建造物であるらしい。高さ4.7m、幅4.9m。国の登録文化財に指定されている。

この凱旋門をくぐり階段を登ると高台に、西南戦争戦没者それ以降の戦死者の招魂社がある。明治維新110年を記念した石碑が建立されている。
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by attainmentofall8 | 2013-04-17 22:06 | ふるさと鹿児島