日々の雑感


by さむちゃん
カレンダー

<   2012年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

黒豚餃子

ちんねんさんから黒豚餃子を送っていただきました。普通の餃子とちがい黒豚肉を使ってあるので味が濃厚でジューシー。冷凍なので焼き餃子ではなく水餃子にすると、すぐ食べられて油も適度に抜けておいしい。焼酎のつまみに絶品。ちんねんさん、ありがとうございました。
a0158075_2373677.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-30 23:07 |

句のブラッシュアップ

先日豊楽川柳塾で投句した自句「人生を決める出逢いに第五番」、意味不明と講評され散々な結果だった。豊楽さんには、「人生の出逢いを決めた第五章」と添削される始末。ちょっと自信作の試験句だっただけに悩んでいた。ところが当ブログのコメント欄で皆さんの意見を頂けただけでなく、添削句まで頂いた。「これが川柳か」というある意味、達観を得られたような気がした。

自句自解から入る。人生は出逢いの連続、人生を大きく転換する出逢いだってある。「決める」という題を頂き「人生を決める」というコロケーション(連語関係)がまず決まった。それにベートーベンの「運命」を措辞として考え、「第五番」とした。ちょうど映画「アマデウス」で、サリエリがモーツァルトの才能に衝撃を受ける場面で、流れてくるのがグラン・パルティ―タだった。句を読んで音が流れてくる錯覚を持てるなら重層的な句が仕上がるのではと単純に考えたのである。

元句に対して、鋭い批評を頂いた。その中にこういうのがあった。
『…で? 感動はどのあたりに? 「運命♪」が聞こえてきただけにとどまらず、もう一歩先を詠んでほしい。「人生を決める出逢い」も抽象的すぎ。もっとピタッと決めないとだめ。』
作句者の入れ込みと相反してこれほどの乖離。しかしながら、なるほど的をついたコメントである。言われてみれば確かに、「人生を決める出逢い」は、一般的にすぎ、身近なこととして感動した「心」が下敷きになっていない。「決める」という題なのに、断定的な言い切りになっていないし、なにかふにゃーとした締りにない句に響く。言い切る強さが出たほうがいいのかもしれない。

紅雀さんの添削句「第5番響きあなたに決めました」
天の声ならぬ第五番「運命」が響き、あなたに決めました、となるわけで、これなら伴侶を得た時の実感句ともなり身近で、「あなた」に特化している。他人事のような句ではなくなる。さらに、響きで第五がベートーベンの「運命」のこととわかる仕組みになっている。元句の、出逢ってこの人と決めてから第五番が響き渡るというのではなく、出逢った最初に第五番が響き渡って「あぁ、この人だ」と、ピピッとくるものがあって決めたという因果関係のほうが理にかなっている。

とにもかくにも、試験句に対してこんな広がりのあるコメントをもらい秀句に仕立ててもらった。感謝である。自作句「第五番旋律上の君に決め」連用止めがどう評価されるか…

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-29 21:40 | 俳句/短歌/川柳

実がなった!

よもやま畑のにがうりは着々と生長している。受粉用に植えたヘチマの苗のほうが大きくなって実をつけ始めている。にがうりも負けていない。茎が直径1cmにはなっている。ひとつ実を見つけた。これからの追肥しだいではいくらでも生長していきそうだ。
a0158075_1823894.jpg
a0158075_1823441.jpg
a0158075_18233733.jpg
a0158075_18233688.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-28 18:23 | 農業

第二回豊楽川柳勉強会

入来わくわく番傘川柳会から4名で、第2回豊楽川柳勉強会に参加した。大雨の中、入来峠を越えて3号線をひた走り伊敷公民館に9時半に到着。出席者は9名。


今日の題は「決める」事前に準備した句を投句。席題は「笑顔」
先生にどんな講評をもらうか楽しみに、試験的な句を持参した。

先に腹を決めるべきだが空気だね
人生を決める出逢いに第5番
2句とも意味不明といわれちょっと落ち込んだ。自句を解説後に添削された句は、
先に腹を決めるべきだが義理がある
人生を決めた出逢いの第5章
第5番と第5章ではまったく違う句になるが、やはりわかる句という観点からの添削かなと思った。

本日の豊楽賞句 
父の背で決めた大工の弟子に就き 芙蓉

席題はピアノさんと努さんの共選
負けました君の笑顔に叱れない 夢修 
ピアノさんの地賞、努さんの人賞にとって頂いた。

両選者の天賞
天 被災地の笑顔が明日に向かってる 芙 蓉
天 誘蛾灯のように笑顔が集う母 ナオミ

ピアノさんの人賞は紅雀さんの句
どんな時もアハハと笑う君が好き 紅雀

「百日の稽古より一日の座功」というが、きょうはそれを実感するいい句会だった。
a0158075_18542251.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-27 18:54 | 俳句/短歌/川柳

Sayonara

ホームステイしていたフィル君、ポール君とも今朝でお別れである。あっという間の2日間だった。8時の集合時間に合わせて、7時に家を出て近くの新田神社を案内した。早朝の緑の中の社は空気が澄みきって気持ちがいい。まだ時間があったので、市内が一望できる寺山という川内宇宙館がある高台に上った。ここは天気が良ければ昨日来る予定にしていたところだった。ポール君はすばらしい眺めに感嘆しながら写真を撮っていた。いむた池に行けなかったのは残念だが短い時間で要所はみてもらえたかなと思う。集合場所に戻ると、ホストファミリーが学生連れで全員集まって名残を惜しんでいる。引率のスタッフや関係者が集まって最後のお別れをしている。

日曜日のコンサートの余韻がまだ残っている感じがする。オレゴン州立大学の吹奏楽団は、小学校吹奏楽部、宮之城吹奏楽団の後の演奏だったので比較もできた。静かな曲調が印象的だが、一人一人の演奏技術はかなりのものがあると思った。ステージで演奏していた顔が目の前にいる。ピッコロやクラリネット、ファゴットの女の子もいる。ほとんどが学部の学生だが、大学院生や急きょ行けなくなった学生のかわりに30代や40代の先生も参加していたそうだ。ピアノやチューバのような大きな楽器はレンタルだが、それ以外のフレンチホルンやユーフォニウム、トランペットなどは自分の楽器を持参していた。トラックに積み込んで福岡まで行き、そこからは香港経由でサンフランシスコまで飛ぶそうだ。そこから大学のあるコーバリスまではバスで12時間かけて帰り着くという。川内から実に30時間あまりの長旅である。なんでそんな遠回りをするのか訊いてみると、安いチケットのためだそうだ。こちらでの滞在、移動費は薩摩川内市が出してくれるが、往復の旅費などはすべて先方持ちらしい。しかしながら、主催が薩摩川内市国際青少年音楽祭実行委員会、共催が薩摩川内市、薩摩川内市芸術協会となっているので、入場料の収益を含めどれだけのお金が補助として先方の旅費の足しになっているのかは不明である。

これまでも台湾公演など海外公演や国内公演を数多く経験しているという。講演の2、3か月前は1日3~4時間の猛練習をしたそうだ。これが終わったらあとは夏休み。9月までは何もないらしい。個人練習はもちろんするだろうが。

今回引率の先生やスタッフはホテルに宿泊し、吹奏楽団の学生は全員市内の一般家庭にホームステイしたそうだ。ホストファミリーによって、もてなしは千差万別だったのではと推察する。ある程度のレクチャーをしないと、初めて受け入れた家庭は戸惑ったのではないだろうか。たまたま家の場合は、隣の方と合同で行動できたのがラッキーだった。コミュニティー会長をされているので、田植えの学校行事にも参加させてもらったうえに、あちこち回ることができた。
ひとつ残念なのは、来る前に身長を訊いていなかったことだ。敷き布団が短すぎて足がでてしまった。フィル君は気にせず寝てくれたがちょっと滑稽な格好の布団になってしまった。鴨居に一回頭をぶつけたのもかわいそうだった。
まあ、なにはともあれ、また川内に来てみたいと言ってくれたのは嬉しかった。
a0158075_2342476.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-26 23:04 | 雑感

ホームステイ学生の案内

きょうは、ホームステイのアメリカ人の学生を市内見学に連れて回った。コミュニティーセンターから近くの小学校を訪問。その後田植えに参加。初めての田植えで有意義な体験をしたと感激していた。ほんの15分ほどの時間だったが日本の伝統的な手植えの田植えを経験できてよかったと思う。一反ばかりの田んぼだが、小学校が借りてうるち米ともち米を半分ずつ作っているそうだ。5年生が2つのグループに分かれて、田んぼの両端から植えていた。それから近くのお寺を訪問。本堂のきらびやかな飾り付けを珍しがって写真を撮っていた。おいしいお茶をいただいて満足~。
ランチは阿久根の「ぶえん館」で寿司定食を食べた。寿司が大好きだそうで、新鮮な魚が食べられてよかった。。最後は、NHKの時代劇でも使われる甲冑を作っている工房や資料館「戦国村」を訪問。短い時間だったが記憶に残る場所に案内できたと思う。これからお隣のパーティー会場へ。
a0158075_17121685.jpg
a0158075_17122678.jpg
a0158075_17123842.jpg


パーティーは盛り上がった。ビールの後はシナモン入りの焼酎、若い学生さんだからいくらでも飲めるという感じだった。酔っぱらってから、ホストの要望でポール君がサックスを演奏してくれた。amazing drunken saxophone player.Good for Paul! Thanks a lot.
a0158075_21354779.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-25 17:12 | 雑感

From Oregon

オレゴン州立大学の吹奏楽団が川内にやってきた。総勢60名以上。そのうちの2名が家にホームステイする予定だったが、一人はフィアンセと一緒の方がいいということで一人になった。フィル君はユーフォニューム担当。全体のパーティーが終わって温泉から今帰り着いた。ビールがうまいといってくれる。焼酎もいけそうだ。
a0158075_2254613.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-24 22:54 | 雑感

慰霊の日

本日は、沖縄慰霊の日。沖縄だけの祭日なので、テレビで報道しなければほとんど知らないのではないか。まして、「なぜ6月23日が慰霊の日となったか」に答えられる人は少ないと思う。私も知らなかった一人である。

1945年4月1日にアメリカ軍が沖縄に上陸して以降、沖縄防衛の第32軍司令官牛島満中将は米の熾烈な猛攻撃に何とか持ちこたえてきたが、ついに万策尽きてこの日に洞穴の中で割腹自殺をする。沖縄から日本軍の守りが無くなった日ともいえる。6月6日には大田実海軍中将が戦況を絶望視して短銃自殺している。また有名なひめゆり学徒隊や白梅学徒隊などからも多数の死者が出たあとである。この日以降ある意味沖縄はアメリカの攻撃に対して丸裸も同然。民間人の自殺者や犠牲者が続出する。

海軍中将大田実は沖縄の最後の県令島田叡と昵懇の間柄だったそうで、自決前に海軍次官宛てに有名な電文を送っている。島田の意を受けたところもあったのかもしれない。
最後の部分を抜粋すると、

沖縄県民斯ク戦ヘリ
県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

日本での唯一の地上戦が行われた沖縄。多数の犠牲者を出し、いまなお米軍基地問題で揺れる沖縄。離れていれば他人事のように思われるが、何十万人という犠牲者の上に今日の日本の繁栄があると考えればこのままでいいはずがない。もちろん全国に戦争犠牲者はいる。それに特攻隊という悲惨な死に方をせざるを得なかった若者もいる。しかしながら、強制退去もさせず住民を巻き添えにしての地上戦を戦わざるを得なかった沖縄県民には、上の電文ではないが特別の配慮があってしかるべきだと思う。

初代の沖縄開発庁長官である山中貞則氏(鹿児島県選出衆議院議員、H14年没)は、上記の電文を承知してのことかどうか、沖縄に莫大な補助金をつぎ込んで沖縄開発に取り組まれた方で有名だ。累積で数兆円規模といわれている。補助金より県民の希望する基地負担軽減に政府は真剣に取り組むべきだろう。地政学的重要地の沖縄が今の現状で基地無しになるのは現実的ではないだろうが、校舎の上を戦闘機がびゅんびゅん飛び回るという状況は早急に改善するのが政治の使命だと思うのだが…。
慰霊の日のテレビ報道をみて、いろいろ感じることの多い日であった。

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-23 21:39 | イベント・お祭り

小中一貫教育

小中一貫教育実践発表会に招かれていたので、近くの中学まで出かけてきた。1中5小の先生方67名が年に4回の研修会をされて、臨まれた今日の発表会だった。教育長をはじめ市内の教育関係者が一堂に会した。
公開授業は、「いつまでも」というふるさとを想起させるような歌を教材にしていた。夏の平成フェスタという合唱コンクールに向けてのコンテストを兼ねているそうだ。小学生(5,6年)・中学生(1~3年)を混成して20グループほどに分けて、それぞれ歌詞の意味や曲のイメージなどを話し合い、最後は合唱していた。小学生には「中学生に対するあこがれをもたせ、中学生には「優しさや思いやり、自信の醸成」といった教育目的もあるという。歌ひとつでこれだけふくらませられるものかと感心した。

もう一つは、市内にある「甑島」について調べたことを小学3、4年生が発表するという授業があった。65名の小学生が2教室に分かれて、4~5名の小学校ごとに発表していた。大きな声で模造紙に書いたものを指し示しながらじつに堂々としていて、事前にかなり練習したのかなと思った。母校の子どもたちの発表のときは、じーんときた。甑島トンボロやきびなごについて勉強させてもらった。
a0158075_7173454.jpg
a0158075_717411.jpg
a0158075_718029.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-22 23:59 | イベント・お祭り

新聞掲載

今朝(6月21日)の南日本新聞朝刊に、川柳つばさ5月号の薫風集に投句した句が掲載された。
特攻館出てじゃれあう子らの平和  石原夢修

数ある句の中から抜いていただき感謝である。主宰やさわだまゆみさんからは、句跨りでリズムが悪いと指摘を受けていた曰くつきの句である。巧拙は抜きにして、宮崎番傘川柳会の間瀬田紋章さんや指宿川柳会の桜井しげのりさんには前号秀吟にとっていただき、5月号のつばさ賞を頂いた。多分に内容面で選んでいただいたのではと思う。

「特攻館/出てじゃれあう/子らの平和」と切ると、6-6-6となり字余りの上に5-7-5のリズムからは大きく逸脱していると思う。しかしながら、
「特攻館出て/じゃれあう子らの平和」と切れば、8-10ではあるがスッと一気に読んでもらえるはずだ。そんな読み方はないと言われれば、きちんとした理論武装もできない。17音字の短詩型である川柳というツールを使って、なんとかあの時の状況を詠んでみたかっただけだ。読みと理解は読者に委ねるつもりだったのだが、新聞に載せていただいたのでちょっと自解説させてもらいたい。

3月末に東京から迎えた子供たち4人を案内して特攻館に行った時の情景である。感情の出しかた、特に「涙」は十人十色である。性別や世代、年齢、育ちなどによって変わってくる。普段こども達に接する機会の多い仕事をしているので、特に十代の感情表現や行動様式はだいたいわかっているつもりだ。特攻館内で、子ども達の目に光るのを垣間見ることができたのは、やはりというか、展示品のすごさと現代人に訴えかけてくるメッセージを彼らが感じ取ってくれた証拠だと思った。感情表現が素直に出てこないところが十代の特に思春期の特徴だが、彼らもまた、抑圧した重々しい悲しみの感情を、特攻館を出た直後に無意識に友達同士でじゃれ合うことで昇華したのだろう。しかし心の奥底には確実にそのメッセージは澱のごとく沈潜したはずだ。

つい何十年か前、自分たちと同じ年の人たちが特攻機に乗って散っていったことを考えれば、今置かれている環境や恵まれた豊かさに自然と感謝の気持ちが生まれてくるだろう。そういう人たちの犠牲の上に今の繁栄した日本があるというところまでは考えなくても。人間の幸福感というのは比較の産物だと思う。

特攻館にじゃれ合うという言葉は不謹慎だという方もいるかもしれない。しかしながら、抑圧した感情、悲しみの感情がじゃれ合うという行為に転化することも十分ありうることである。あたかも戦前・戦中が特攻館の中で、アメリカ文化を享受して発展した戦後日本は特攻館を出てからの解放感にもたとえられる。

まさか何も感じない平和ボケの若者がバカなふざけ合いをしていると読む方はいないと思う。そこまで悲観的な若者はいないと信じている。それでもいるとするなら、そんな若者はいつの時代にもごく少数いて、比較の対象になってくれる、ある意味有り難い存在かもしれない。

ともあれ、この句が掲載されたことはすこし恥ずかしい気持ちがないわけではない。忘れかけていた句だったが、記憶を呼びもどしてもらいあの時の情景を再確認する機会になった。
a0158075_19311158.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2012-06-21 19:31 | 俳句/短歌/川柳