日々の雑感


by さむちゃん
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八月尽

今日で八月も終わりである。
長かったようであっという間に七、八月が過ぎていった感じがする。6月28日に引っ越してきてから、畑づくり、家の改装などであわただしかったせいかもしれない。さらに俳句や方言講座、川柳講座などでいろいろな方との出会いがあった。川柳講座では、先生から読み聞かせの会へのお誘いをいただき貴重な体験をさせてもらった。

お蔭で普段ぼっとしている暇がないほど、川柳や俳句をひねらなければならなくなった。プレッシャーがかからないとなかなかできないのでむしろ有り難いことではある。鹿児島弁が徐々に出てくるようになったのも方言講座で拍車がかかったお蔭でもあり、やはり環境だろう。よそ者意識を完全に放棄してしまうつもりはないが、仲間意識の共有という点では方言は不可欠である。もっと磨かなければいけない。

川内で生まれ育ったとはいえ、文化や行事、歴史、祭りなどに関してあまりにも無知であったせいか、その反動が今は何でもみてやれ、きいてやれの精神で通している。お蔭で発見と感動の連続である。

地方の自然環境、潜在的な受容力、魅力的な謎の部分などは、もっと観光資源として活かせるのにと歯がゆい思いがする時がある。どっぷりつかっている人たちは都会にすり寄ろうとするが、むしろ逆で田舎(地方)をアピールできる特色を出す演出が必要だろうと思う。過疎化の対策として、人を呼べるようにするには田舎は田舎らしく魅力的になればいいのである。中途半端な物まねでは早晩行き詰まる。

まだまだ岡目八目的見方ができているうちはいいが、いつしかどっぷりつかって何の異議もなく平々凡々と過ぎ行くようになる日が来るのかなと考えると怖い。よそ者的見方を温存できるように、できるだけつっぱっていたい。
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by attainmentofall8 | 2011-08-31 23:59 | ふるさと鹿児島

市民講座

9月4日の日曜日、鹿児島宝山ホールで行われる市民公開講座の聴講券が届いた。天陽会中央病院の新館落成を記念して開かれる講座である。
現役のチャプレンカウンセラー、医師らによる話がある中で、特別講演として曽野綾子氏の話がある。

曽野氏の講演は「なぜ日本人は成熟できないか」というタイトルになっている。病院主催の講演なので、緩和ケア、終末医療、がんなどに関する話がメインになり、それに関連した話をするのだろう。楽しみだ。

民主党の代表選で野田氏が選ばれ、本日新首相にも選出されたが、実にタイムリーである。「日本政治はなぜ成熟できないか」と変えて話をしてくれるかもしれない。今度の民主党の党首選をみていると相も変わらず数と金の力を信奉する集団がいまだ幅を利かせている現実がある。党内融和といえ今後の政権運営が多難の船出であることに変わりはない。

官僚主導に揺り戻しが来て消費税を含めた増税路線になるのは確実だろう。しかしその前に国会議員の定数削減など、「隗より始め」られることからやってほしい。東日本大震災の復興に名を借りた安易な増税は承服しかねる。
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by attainmentofall8 | 2011-08-30 23:55 | 雑感

ませた子供

先日紹介した「銀の匙」の主人公は、幼少時はたいへん人見知りが強く癇の強い子である。幼稚園に上がる前など大変な苦労をして伯母さんは通わせる。当然小学校に上がっても勉強の方はさっぱりである。しかし小学低学年の時に、近所の女の子に「びりっこけなんぞと遊ばない」と言われて奮起する。そして学年で二番になる。一番の子が引っ越した後は一番をキープする優秀な子に変身する。

高学年になると、同級生が実に幼く子供っぽく見えてくる。いつも同級生のバカ騒ぎをはたから嘲笑的に見るようになる。あるときなど、子供たちが遊びまわるのを見ながら笑っていると、先生が何を笑っていると呼びかける。「子供たちの遊ぶのがおかしい」。先生が「君も子供だろう」というと、「子供は子供でもあんな馬鹿じゃない」とまじめな顔をして答える場面がある。

また、校長先生に「先生は怖くないか」と訊かれて、「いいえ、ちっとも」と答える。その理由をきかれ「先生だってやっぱり人間だから」という。大人のなかの滑稽な子供的なものを見抜いているので敬意を持ちえないでいる。

要するにませた子供の典型を提示しているわけだが、ここまでませられたら本人も生きづらいだろうが、周りの大人はほんとたいへんだろう。

落語家の柳家喬太郎の「午後の保健室」という新作落語の中にやはり超ませた小学3年生の児童が保健室で保健の先生と会話をしている。

「先生とこうして午後のひとときを過ごしたいと思っておりました。ところで先生は赴任されてなん年になられますかな~? ほほっ、二年目ですか。ということは私のほうが先輩ということになりますですな…」
「遠藤君、そんな話し方はやめなさい。あなたまだ3年生でしょう。3年生らしく話しなさい」
「いやいや、私は幼稚園の頃からこういう口調なんですよ。そんな風に言われますと不愉快ですな」

まあ、こんな具合で会話が進んでいくのだが、ませすぎた子供を揶揄しながら保健室での会話を爆笑落語に仕立てている。喬太郎落語の真骨頂といったところだ。

受験(特に中学受験)は子供をませさせる特訓をやっているといえるかもしれない。同学年のほかの子どもより知識や理解力で優れていなければならないわけだから。そのませた才能が他者を見下すような性格を形成するようなものになってしまったら、何のための学問かということになる。

銀の匙の主人公の思春期の多感で複雑な心情は、一筋縄では読み解けない面もある。
正直に自己を表現することに不慣れな恥じらう大人こどもの側面を描いていることだけは間違いない。そのあたりが多くの読者に滑稽さと笑いを喚起させるのかもしれない。もちろん一部の人にとっては、若かりし日の自己の影を見るような思いにとらわれ赤面の至りかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2011-08-29 23:58 | 読書

最後の夏祭り

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この夏最後の夏祭りである。以前小学生の田植え体験をブログで紹介した城上地区の納涼祭に行ってきた。小学校の校庭を借りてトラックの荷台をステージにした設営である。この夏いろいろ夏祭りを見たが、だいたい同じような趣向である。

フラダンスや日舞、カラオケのど自慢、五つ太鼓。子供対象のラムネ早飲みやビールの早飲みショーには笑ってしまった。ラムネは早く飲もうとしても難しいだけにおもしろい企画だと思う。今日のフラダンスは迫力満点だった(笑)

この納涼祭は二部編成で、一部の川祭りは2時から4時半。カヌー体験やいかだ遊び、川遊びを企画して子供たちを川に親しませようとしている。最近の子どもたちは田舎の子どもであっても昔ほど山や川で遊ばないので、こういう機会をとらえてやるのがいいのかもしれない。第二部の納涼大会は6時から9時。21日の予定が川内花火大会の雨天順延の日程と重なってしまい、やむなく今日に変更になった経緯がある。川内市も悪いことをしたと思ったのか市長からのメッセージが届いていた。市議や県議も顔を出していた。

予算規模やスポンサーの付き具合で多少変わる部分もあるだろうが、日本全国同じような夏祭りをやっているのかなと思う。今夜の夏祭りもフィナーレは総踊りで、ハンヤ節と炭坑節で終わった。納涼のつもりが何とも言えない疲労感で帰宅の途に就いた。このままでは蓄積疲労になると思い、近くの温泉で汗を流してから帰宅した。
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by attainmentofall8 | 2011-08-28 23:04 | ふるさと鹿児島

治山治水

治山治水という言葉がある。昔ならば山の神を鎮め、水神様を鎮めることが治山治水につながったのだろうが、今は国や自治体の予算さえつけば土木建設業者が建設機械を持ち込んでたちどころに地形を変えるような工事をしてくれる。

集中豪雨になると、必ずどこかの山が崩れたという話を聞く。植林で雨水を吸収しきれなくなって地盤が緩み崩れ落ちたり、一気に土石流になって流れたりする。こちらは山をぬって道路が走っているせいか、山肌がコンクリートの吹付になっているところをよく目にする。青々とした山々のなかにいきなりコンクリートの山肌がみえると興をそがれた思いをする。

治山をする側からしたら簡単で安上がりだろうが、もっと美観に配慮したやり方ができないものかと日頃から思っていた。先日空港への道すがら見かけた土留の工事は手間ひまと予算はかかりそうだがホッとするような感情をおぼえた。シラスの山が崩れてきたのだろう。急斜面の山肌を段々にして芝生か何かで緑地化している。強度的には大丈夫かな…と心配だが景観的にはいい。

段々状に土留をしたあとに吸水率の高い木を植林する方法もある。伐採した後のはげ山状態の山にもすぐに植林できるようにならないものか。所詮しろうと考えだが、
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もっといい方法があるかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2011-08-27 23:47 | 災害・原発

毎日野外キャンプ?!

田舎暮らしは自然がいっぱいで空気も良くて最高に聞こえるが、マイナス面がないわけではない。マイナスととらえなければ全然問題にならないのだが引っ越して間もないころはみんな戸惑うものらしい。一度ジョギング中に鼻から小さな虫が入って閉口した。

野外キャンプを張って暮らしているように感じられる点である。蚊や蠅、ゴキブリ、ブヨ、蛾、イモリ、蜘蛛などが頻繁に出没する。玄関の出入りは蚊や蛾が入ってこないように注意しなくてはならない。最初の頃は虫に噛まれてムヒが手放せなかったが今は何とかしのげている。ドラッグストアでも虫除けの薬やゴキブリ除けの薬が大量に売られている。うちだけではないということだろう。

窓のカーテンを閉め忘れていると、ガラス窓にイモリが数匹張り付いている。背中からでなく腹側から観察している状態である。5分も見ていると瞬間技で虫を取って食べるのを観察できる。

ここはイモリのお蔭で、蚊や特定の虫が大量発生することなく自然界のバランスが保たれているのだろう。蚊くい虫とよばれるコウモリも大量の蚊を食べてくれるので人間にとっては有難い動物だ。ただコウモリは山の手の洞窟か廃墟になった家などにはいるのだろうが、まだ自宅の近辺では見たことがない。数匹なら歓迎なのだが…(笑)

よく観察すると、庭の家庭菜園には実に様々な虫がいる。カマキリ、バッタ、アオムシ、テントウムシ、天牛(かみきり)、かたつむり、しゃくとり、トカゲ、ミミズなど。果実が美味しいといわれるスウィート・スプリングの苗木(70㎝ほど)を植えたのだが、葉っぱを食い散らす虫がいるようで葉っぱが日に日に少なくなっていく。どんな虫が原因なのか未だにわからない。とりあえずすっぽり覆うようにネットをかぶせたので今のところは大丈夫のようだ。

とにかく虫や動物との知恵比べみたいなところがある。周りの人たちに訊いて先人の知恵を借りなければならない。可能な限り防虫剤や除虫剤は散布したくない。自然界のうまくバランスのとれた状態の中で暮らしたいと思う。
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by attainmentofall8 | 2011-08-26 23:05 | ふるさと鹿児島

夏エビネ

ひと月半ほど前に移植したナツエビネ(夏海老根)の花が咲いた。

事典によれば、ナツエビネ(夏海老根)は蘭(らん)科の植物で、学名をCalanthe reflexa と言うそうだ。
Calanthe : エビネ属
reflexa : 背曲した
Calanthe(カランサ)は、ギリシャ語の「calos(美)+anthos(花)」が語源で、 ”美しい花”。
湿り気のある山野、沢の近くなどに自生し、ふつうのエビネは春に咲くが、このナツエビネは夏に咲く。色は白やうす紫色など。
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by attainmentofall8 | 2011-08-25 17:41 | 雑感

処暑

カレンダーをみると昨日は処暑になっている。二十四節気のひとつ処暑は、夏の暑さが止み朝夕しだいに冷気を感じるようになると大辞林には書いてある。確かにここ一週間ほど秋を感じさせるひんやりとした空気が感じられる。当地は8月になって、そこそこ暑い日はあったが、どしゃ降りの雨になることが多く猛暑といえる日はなかったのではと思う。

季節が確実に移ろいゆくのを肌で感じることができる。痛風は風が吹いただけでも激痛に苦しむといわれるが、年を取るとそのように繊細なものに対する敏感さが備わり、空気の寒暖をも察知することができるようだ。

さらには年の功と気象知識から朝夕のちょっとした変化から天気を予想できたりする年配者もいる。僕はまだその域に達してはいないが先人のことわざから知ることはできる。川内地方のことわざにこんなのがある。

朝がんないはとなぃもずんな、旅だちゃよか(朝の雷は強い雨になるので隣りにも出るな、しかし好天気になる兆しなので旅立ちにはいい)

春はぬっか雨で天気があがっ、秋はちんたか雨で天気があがっ。(春は温かい雨で、秋は冷たい雨で天気になる)

秋の朝焼け桶据えて待て(雨の予兆) 秋の夕焼け鎌研いで待て(天気の予兆)

こち(東風)ん尻は雨(東から吹く風の後は雨になる)

秋の北ん空ぃこって牛のねいほどんの晴れ間があれば雨は降らん(秋の北の空に牡牛の寝るほどの晴れ間があれば雨は降らない=晴天の予兆)

盆の前にものすごい雷があったが正直こちらの雷には驚いた。20~30分ほど天空を揺るがすような大音響とともに真昼のような稲光が続いた。みんな家電製品のコンセントを抜くそうだが僕はそんなことも知らず窓から外をみやって感嘆していた。あとで知り合いから「おてんかったでよかったね(落雷しなくてよかったね~)」と言われた。(笑)郷に入ったら郷に従えが身の安全のためかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2011-08-24 23:57 | ふるさと鹿児島

銀の匙

図書館から中勘助(1885~1965)作「銀の匙」(岩波文庫)を借りてきた。まず図書館に置いてあるか心配したが、田舎の図書館といってもやはり図書館である、見つけてホッとした。以前読んだ作品ではあるが読み直してみたくなった。

夏目漱石が絶賛した作品と言われ、中勘助の数少ない作品の中でも代表作である。さらにこの「銀の匙」は灘中高の伝説教師だった橋本武先生が3年かけて生徒に読み込ませた作品として、NHKの「ザ・コーチ」で取り上げられてからさらに有名になった。

この作品は、中勘助の少年時代の自伝的小説で、伯母さんに愛情たっぷりに育てられた日々を回想しながら少年の内面的な心理をうまく描いている。それほど長くもないこの作品を3年もかけて、しかも文部省(当時の)の教科書を一切使わずに、よくやり切れたものだと感心する。

NHKの番組で紹介していたのは、一言一句あいまいにしないで辞書で引き、関連した事項まで調べ上げていく授業だった。例えば干支が出てくれば、十二支と十干と組み合わせてすべて覚えるとか、横道にそれる授業をしていたのが印象的だった。

このような授業であれば、国語の授業の枠に制約されることなく、古文・漢文・社会などの内容に敷衍していけるし、何にもまして調べて知る楽しみを得る体験をしていることになる。この体験はすべての科目に通じることであり、さらには人生を歩んでいくうえでも極めて重要なことである。橋本氏のクラスが顕著な結果を残したというのも、うべなるかなである。

精読、多読、乱読とあるとすれば、精読に値する作品を選び、「読書百遍意自ずから通ず」的読み方をすることも必要だろう。今ではそういうことは稀有な例だけに、逆にやり切れたらすごいパワーになること必定に思う。ただし、そのような単調さに耐える忍耐力を持ち合わせているかどうかが問題になる。

英語でも最近は長文長文と、過去問題演習にシフトする傾向があるが半端な読みしかできないおそれがある。ある時期じっくり英語版の「銀の匙」に相当する作品をやる必要があるのかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2011-08-23 22:52 | 読書

ジェーン・フォンダ

TIMEにJane Fonda(ジェーン・フォンダ)のインタビュー記事が出ている。

1970年代はベトナム反戦運動の闘士として北ベトナムで派手なパーフォーマンスを演じたり、80年代には派手なレオタード姿でエクササイズのビデオテープを発売して大当たりした彼女である。

本業の映画では、On Golden Pondが一番印象に残っている。実の父親と共演して、父親ヘンリー・フォンダに主演男優賞を取らせてあげた作品である。ヘンリーの奥さん役を演じたキャサリン・ヘップバーンも主演女優賞を受賞した名作だった。

そんな彼女ももう73歳。しかしながら今でもバリバリの現役だそうだ。インタビュアーのBelinda Luscombeがうまく聞き出しているが、Do you go up and ask? と訊かれて、Sometimes, actually.と答えている。年を感じさせない化け物女優というところだろうか(笑)

最期にWhat would the older you say to the younger you? という質問に、This too shall pass. It’s much more important to be interested than to be interesting.と言っている。今のあなたが若い頃のあなたに何か言うとすれば何と言いますか? やがて過ぎ去ることよ。興味の対象になるより興味の主体になる方がずっと大事よ。こんな感じだろうか。

なるほど、ベトナム反戦運動で裏切り者とレッテルを張られ、つらい時があったのだろう。彼女は若気の至りと行き過ぎだったことを謝罪したが、ベトナム退役軍人やその家族からは蛇蝎のごとく嫌われた過去がある。

This too shall pass.を座右の銘にしている親友がいる。「終わりは必ずある。やがて過ぎ去ることである」という楽観的処世術があれば、苦難に遭遇しても切り抜けていけると思う。僕もこの言葉を教えてもらってずいぶん救われた経験がある。そういえばノーベル賞受賞者の根岸英一氏が若者に向けて、Pursue your lofty dream with eternal optimism.(永遠の楽観主義をもって高い夢を追い続けよう)と言っていたが、これに通じることかも知れない。
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by attainmentofall8 | 2011-08-22 21:45 | 英語