日々の雑感


by さむちゃん
カレンダー

<   2011年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

肥薩オレンジ鉄道

a0158075_938122.jpg
肥薩オレンジ鉄道。鹿児島県と熊本県それに平成の大合併以前の10市町村と日本貨物鉄道株式会社が出資する第三セクター方式の鉄道会社である。平成16年3月に開業。八代駅と薩摩川内駅を有人10駅、無人18駅で結んでいる。基本は一両編成。のどかなワンマン車両である。存続が危ぶまれている鉄道でもある。

最高速度90㎞毎時ほどであるが、シャッターチャンスがちょっとずれてしまった。西方駅近くの沿線から撮影。二枚目の向こうに小さく見える岩は有名な「人形岩」
a0158075_9384294.jpg
a0158075_9425821.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-31 23:59 | ふるさと鹿児島

Eureka

知識が点から線になった時というのは、アルキメデスがユーレカ(eureka)と叫んで風呂から飛び出しストリーキングしたほどではないにしても気持ちいいものである。実は今日、大したことではないが「繋がった」と膝を叩いたことがあった。

以前もこのブログで書いたが、薩摩の隠れ念仏についてである。薩摩藩は幕府から1754年木曽三川の河川普請手伝いを命じられる。藩財政が逼迫した中で藩家老の平田靭負は借財をして何とか普請の竣工までこぎつけるが50名以上の藩士の犠牲を出した責任を取って自刃する。これが宝暦治水事件であるが、これ以降積もり積もった借財は18世紀末には500万両という莫大な額に上っていた。

ちょうどそのころ寛政12年(1800年)に京都の西本願寺御影堂の大修復が行われる。1万1千両という多額の費用が掛かる。賦課金が1857年まで続いたそうだが、薩摩の隠れ念仏講の門徒衆は実に総額の4分の1を請け負ったという。ここで疑問は苛斂誅求の薩摩藩でしかもかくれ門徒衆がいかにこの莫大な志納金を捻出できたかということである。

海音寺潮五郎の「二本の銀杏」という小説の中にヒントになることが出ていた。

薩摩の藩士には郷士(外城士)(とじょうざむらい)と城下士(じょうかざむらい)がいて、外城士は102の外城にいて田畑を耕していた。つまり武士であると同時に農民でもある。それゆえこの外城士たちは、作り取りを許された土地つまり無税の土地を所有していて、自ら耕作するだけでなく下人に小作もさせていたという。

そして身代は自作の収穫と小作料を合わせると年間500石もあるものもいたそうだ。もちろん5~6石くらいしかない家もあったそうだが。

隠れ念仏講の門徒衆には郷士も多数いたという。ここで繋がるのである。消費するだけの城下士しかいない他藩と違い、生産階級でもある薩摩の郷士たちはある意味分限者であったわけで御影堂の大改修の4分の1を負担できたというのもうなずける。

ただ、城下士と外城士(郷士)の対立、あるいは郷士同士の対立があり隠れ念仏は複雑な様相を呈するわけだが、為政者としては黙認している時と取り締まるときのメリハリをつけていた節もある。幸いにもその間隙をぬって志納金が京都に届いたといえる。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-30 21:45 | ふるさと鹿児島

Affetto Duoのリサイタル

昨日は台風の心配をしていたが今朝はもう晴れ間さえ見えて清々しくさえ感じられた。台風一過という言葉があるように過ぎ去ってみればこの天気である。

完売することはないだろうと思ってチケットは買わずにおいたリサイタルのことを思いだし出かけてみることにした。Affetto Duoというバイオリンとピアノの女性二人のリサイタルである。幸いにというか予想通り当日券が手に入りホッとした。純心女子大学に併設する国際交流センターのコンベンションホール(400名定員)が8割くらいの入りになっている。

国立音大卒のこの二人は東京を中心に活動しているそうだが、ヴァイオリニストの有村さんは名前からして鹿児島に関係がある人かもしれない。ピアニストの神田さんとは同級生同士でジュオを結成したような感じである。緊張しているせいもあろうが曲間のトークは初々しい。

前半はF.クライスラーの美しきロスマリン、F.ショパンのノクターン第8番、モーツァルトのバイオリンソナタ第28番、H.M.ロドリゲスのラ・クンパルシータ、S.ラスマニノフのヴォカリーズと続き、ドビッシーの「ピアノのために」プレリュード、P.D.サラサーテのツィゴイネルワイゼンではそれぞれピアノとバイオリンの超絶技巧を披露してくれた。素晴らしい!でも観客は遠慮がちな拍手。場所によって拍手は違うようだ。

バイオリンは今日のような気候は最悪らしい。羊の腸でできた弦、馬の尻尾でできた弓を使うので、湿気が多かったり舞台の照明で乾燥したりすると微妙に狂うらしい。そんなことまで説明してくれて初心者には有り難かった。弓を弦に擦るだけかと思っていたら、右手や左手で弦を弾いたり、弓で木製の胴を叩いたりといろいろ技法があるという。

前半はわりと定番曲だが聞きなれた曲で安心して聴けてよかった。休憩をはさんで後半は東日本大震災の追悼ということでG.F.ヘンデルのラルゴ、さくらさくら、ふるさとを演奏してくれた。最後は映画音楽シリーズを7~8曲をメドレー風に。ほとんどの映画がまだ彼女たちが生まれていなかった頃のものなのに、いい選曲をしたなと感心した。

ロミオとジュリエット、ティファニーで朝食を(Moon River)、スティング、風と共に去りぬ(Tera Theme)、ピンクパンサー、ひまわりなど。映画の情景が浮かんできて感動を新たにした。

台風がそれてくれたおかげで中止にもならず、久しぶりに文化的な雰囲気の中に身を置けて自己満足できたと思う。中村紘子さんのピアニストは肉体労働者の意味が自分なりに理解できたひと時でもあった。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-29 20:02 | 映画/落語/芸能

薩摩人のユーモア

昔、薩摩の男は三年片頬と言われるくらい感情を顔に出さないのを美徳としたところがある。相好を崩すなどとんでもないことである。三年に一回くらい片方の頬がちょっと緩むくらいがちょうどいいということである。しかし笑うこととユーモア感覚を持ち合わせているかどうかは別ではないだろうか。むしろユーモアの才には長けていたのではないかと思う。

強権支配者の下にいる被支配民は皮肉や諧謔、あてつけなどの感情を含むユーモアの感覚が研ぎ澄まされてくる傾向があるようだ。そうすることで心身のバランスを取っているのかもしれない。そう考えると島津の圧政下において、表情には出さないがユーモアでもってしのいでいたという仮説もあながちはずれていないだろう。

このことに関連して15代沈壽官さんが、200年11月、鹿児島純心女子大学で開かれたシンポジウム「Let’s 発見!世界の『薩摩』」のなかで面白いことを言っている。

幼少のあるとき、窯焚きを手伝っている最中におじさんが「人間の身体でどこが蚊に刺されていちばん痛いと思うか」と訊いてきたらしい。彼は、足先と指先がいちばん痛いと言う。このおじさん片足だが、無くした足先が今でも痒いという。緊張感のある現場で雰囲気を和らげようという意図からだろうが、クスッと笑ってしまうような話である。

もう一つはパネリストの古閑氏がこんな話を紹介している。西南戦争の末期、西郷軍が敗走して宮崎県の非常に険しい山、可愛岳(えのたけ)を越える際のことである。真っ暗な山の峰を登っていく途中、手探りで這いつくばって進む闇の中、生きるか死ぬかの行軍である。西郷は「夜這いにいったごたんなあ~」と言ったという。

一気に緊張の糸は切れ、敗走の中ではあるが一種の諦観みたいなものが生まれたのではないだろうか。良きにつけ悪しきにつけ西郷どんの偉大なところである。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-28 20:21 | ふるさと鹿児島

恥の文化

江戸時代、武士階級は全人口の5%ほどだったという。ところが薩摩の国においては25%、都城(当時は薩摩藩)に限っては45%もが武士だった。これだけの武士がいれば当然、武士でも田畑を耕さなければならなくなる。他国においては、武士は城下にまとまって住居しているものだが、薩摩では郷(昔の市町村)ごとに武士がいて庄屋を兼ねたりもしていた。これが城下士に対して郷士である。

次のような逸話をみつけた。上記のことを前提にすれば興味深い。
江戸時代に幕府を訪問した朝鮮使節が、「御国においては罪人を捕まえる捕吏は必要ないとか。見つけたぞと音声を発すれば腹を切ると聞いておりますが…」と訊いたそうだ。幕府の役人はそれにこたえて「それは薩摩においてのみでござる」と言ったそうだ。

ほめ過ぎの感がしないでもないが、恥の文化が非常に高い時代の逸話であろう。引き廻しの刑という、罪人を馬に乗せて公衆の面前に晒す刑が江戸時代にあったが、美徳として恥を強烈に感じる文化だからこそ成り立つ刑罰である。

最近の犯罪をみると現行犯に近いような犯罪でも認否したり、一方で警察は執拗な取り調べで自白を強要させたりといったことが多く嘆かわしい。

つい先日も布川事件で水戸地裁は無期懲役に対して無罪という再審判決を言い渡した。自白至上主義で捜査官の誘導でねつ造された自白調書だったと判決で述べている。
さらには、厚労省の村木局長が障害者郵便制度悪用事件に絡んで誤認逮捕された事件もあった。検察の描いたストーリーで捜査を進めるためにフロッピーをねつ造して犯人に仕立て上げたという事件である。

現代においては江戸時代のような恥文化を望むべくもない。しかし、せめて捜査当局はこれまでの自白至上主義を恥と感じて容疑者に対しては性善説でのぞむくらいがいいのではないか。取り調べ状況を音声記録として残すとか、客観的証拠に基づいた捜査をするというのは言うまでもない。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-27 20:20 | 歴史

日本のさが

今朝、友人からのメールで外国から贈られてきた放射線線量計が成田の税関で留め置かれているようだということを知った。さっそくネットで調べてみると先日の参議院の厚生労働委員会でそれが話題になったようだ。それによれば、米・英・仏・加・露・韓・フィンランドなどから贈られた約5万台の線量計のうち約2万台が、成田の倉庫に留め置かれたままだという。厚生省や保安院の役人がしどろもどろになって質問をかわそうとするがどうやら事実のようだ。

日本の役人も情報操作のためにここまで姑息なことをするのかと呆れてしまう。なぜ大至急配布しないのかと不思議に思うのだが、恐らくは公表される量と違ったらウソがばれるし、関東などでパニックが起こったら大変ということで倉庫にしまいこんでいるのだろう。本来ならば贈ってくれた各国に、どこどこに配布して使われていますとお礼の報告をすべきだろうに…。日本の慮りも地に落ちたものだと侮られ、国民をだまし続ける政府や省庁に外国は驚いているだろう。

今朝の毎日新聞の朝刊に、原子力安全・保安院の「・」点は何の意味があるのかと分析したコラムが出ていた。元々この部署は2001年の省庁改編でできたものらしく、本来は原子力と産業の安全・保安の院ということらしい。原子力の安全だけでなく他の産業分野の安全保安も監視している役所だという。名前からは原子力だけの安全のお目付け役のような響きがあるが全く違って、原子力推進の旗ふりをする役所だ。内閣府の原子力安全委員会も一応原子力の安全に関して提言を行うらしいが、経産省の原子力安全・保安院の追認機関に成り下がっているという。

西日本新聞の記事によれば、数年前IAEA(国際原子力機関)が日本の原子力産業における責任部署の不明確さを指摘して改善を勧告していたらしい。上記の原子力安全・保安院の例のごとく名前のあいまいさだけでなく責任逃れができる仕組みにもなっている。もちろんそんな勧告など歯牙にもかけていなかったのが今回の福島原発事故後のドタバタにつながっているのだろう。

原発事故が原発自治体どころか一国全体の問題、世界の問題であることが今回の福島原発事故で明らかになったのだから、すべてをさらして今後の危機管理に生かさなければならないことは言うまでもない。外国人だけで構成された調査機関を受け入れて(現在IAEAがすでに入っているが)あらいざらい白日の下にさらすべきだ。そしてアメリカが代表となって日本に改善を強く促すようなことをやらないと、日本人だけでは何も変わらない。世界の今後の原子力発電の発展のためにも、今回の原発事故を活かせるようにきちんと包み隠さず調べた報告書にしてほしいものだ。外圧によらなければ変われない日本という国の性を悲しく思う。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-26 20:02 | 災害・原発

大石兵六夢物語

鹿児島を代表する菓子飴はセイカ食品の兵六飴だろう。昔からあり最近では関東のコンビニでも見かけるくらい有名な菓子である。そのパッケージにたいへん印象的なイラストが印刷されている。坊主頭のいかめしい顔の侍崩れが、裾をからげてふんどし姿で長太刀を持って歩いているちょっと奇妙な浮世絵風の絵である。

今までその絵の人物が誰でどういう由来があるのか特に気にも留めなかったが、たまたま図書館で手にした本の表紙に出ていたのでペラペラめくってみた。五代夏夫著「現代語訳・大石兵六夢物語」である。

この絵の武士は、鍛治屋町の下級武士であった毛利正直が1784年に著した「大石兵六夢物語」の主人公兵六である。型破りな武士兵六が、外城の吉野に現れるという妖怪を単身退治に出かけ悪戦苦闘をするという一種の滑稽本である。

笑いの許されなかった薩摩でこのような風刺・滑稽本が世に出て読まれたということは、時の藩主島津重豪の治世下であって初めて可能だったのだろう。天明期の武士道の衰えや風紀の乱れを憂え儒教精神にも触れている事からして武士道の本分を暗に説いているともいえる。

一方で庶民側から見れば、武士の体面を失い失敗をかさねる兵六に、武士階級に対する鬱屈した不満が解消される思いがしたのだろう。「島津の殿様の名前は知らないけれど大石兵六は知っている」といわれるほど読まれた本だったようである。

というわけで、この架空の人物ながら人気者の大石兵六を商標登録して菓子飴のパッケージに採用したところがセイカ食品の創業者の開明的なところだと思う。この兵六餅は1931年に初めて発売され、戦中戦後の一時期途絶えるも1949年以降はずっと売れているという超長寿商品だそうだ。在米中に兵六餅が送ってきたときは急に郷愁を覚えたことをいまでも記憶している。
a0158075_20193031.jpg

[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-25 20:19 | 読書

梅雨入り

最近雨の日が多いと思っていたら、鹿児島地方気象台の発表によると南九州は梅雨入りだそうだ。平年より8日、昨年より20日早く九州南部が5月に梅雨入りするのは2008年以来、3年ぶりとのこと。
もっとも沖縄や奄美地方は4月30日にはとっくに梅雨入りしていたそうだ。

梅雨が早いということは明けるのも早いのだろう。例年は7月中旬頃に明けるのが、08年は7月4日には明けている。ただそのあとじりじり照りつける暑い夏かと思うとそれも先が思いやられる。それに台風銀座と言われる鹿児島だから台風も心配しなくてはならない。

農家の人たちにとっては穀雨であり慈雨だからなくてはならない雨だろうが、自転車族にとっては急に行動範囲が狭くなってしまう。傘をさして乗るわけにもいかず、かといってカッパを着てまで乗りたくはない。晴れ間を逃さず乗りまわすしかない。

先日、自転車で通りがかりのミカン農家でデコポンをおみやげに買った。自転車の話をしているうちに意気に感じたのか千円で17~8個詰めてくれた。スーパーでは2個で390円もするものなのに驚いた。その農家の方が言うにはそれが元売り価格だそうだ。作っても鳥に食われるは買いたたかれるはで全然儲からないとこぼしていた。多少差し引いてきいても、直売でもしなければ農家は儲からない弱者なのかなと同情してしまった。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-24 22:37 | 雑感

隠れ念仏 その2

鹿児島は切り花の売り上げが日本一だそうだ。仏壇やお墓に供える切り花が圧倒的によく売れているそうだが、これは隠れ念仏と関係がありそうだ。

薩摩の地に一向宗(真宗)が伝播したのは15世紀半ばころと言われている。そして一向宗が禁制になるのは、第17代藩主、島津義弘の祖父にあたる島津忠良(ただよし)(1492~1568)の時である。島津義弘といえば関ヶ原の戦いで敵中突破を敢行したことで有名な武将である。薩摩に一向宗が伝播して間もなく禁制になり、西南戦争の前年(1876)に信仰の自由が県令より布達されるまで実に400年近く、義弘が正式に禁止を命じてからでも300年近く信仰が禁じられていた。

禁制のはっきりとした理由は、明示された文献がないので不明である。おそらく一向宗の平等思想と一向一揆に見られるような破壊力、それと本願寺へのお布施による財貨の流出が主たる禁制の理由と考えられる。門徒の側から見れば、抑圧されればされるほどマグマの力が強くなり信仰の強さに変わっていたのだろう。

現世利益と違い極楽往生を約束する教えであれば、現世では悲惨な生活を強要されているがせめて来世においては阿弥陀仏の救いを信じ浄土往生を願う民衆の気持ちもわかる気がする。しかも、念仏を申さんと思い立つ心の起こるときすでに本願の利益にあずけられているとなれば信心のこころが湧かないはずがない。

男も女も、身分財産に関係なく、罪深かかろうがそうでなかろうが、阿弥陀仏の絶対他力を信じ念仏を称えれば、極楽浄土は安堵されるという教えに、虐げられた環境にあればあるほどなびいていった民衆の心情は十分理解できる。封建制の強い、禁制の敷かれた薩摩という地であってこそ皮肉ながら真宗の大きな発展の萌芽が生まれたのだろうと思う。

信仰を禁じられた門徒が、屋外で心置きなく手を合わせて心で南無阿弥陀仏と称えられる場所は先祖のお墓ではなかっただろうか。隠れ念仏講で耳にした法話や念仏を心で聞きながら、一種のカタルシスのような法悦に浸れる場所ともいえる。そう考えると先祖を大事にし、供え花が売れるという事実も元をたどればそこからきているものと思う。日本で唯一一向宗の禁制を敷かれた薩摩藩(正確には熊本の相良藩も)という特殊性からでた名残ともいえるかもしれない。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-23 23:58 | ふるさと鹿児島

とんかつ

a0158075_1101368.jpg

ちんねんさんが、教えてくれた川内のとんかつ一番店、壱番館。さっそく行ってみました。もともと喫茶店だったらしいですね。関東の坂東太郎ほどではないけど、キャベツ、ライス、味噌汁食べ放題はいいですね。大根おろしでなんとか食べ終えることができた感じです。かなりボリュームはあるので若い人向けにはいいかな。
[PR]
by attainmentofall8 | 2011-05-22 01:10 |