日々の雑感


by さむちゃん
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蕗の薹

季語にもなっている早春の味覚、蕗の薹(ふきのとう)。蕗の薹のあく汁でゆで卵をつくると金の卵になると教えてもらったことがあったので今日は実際試してみた。小さいつぼみ状の蕗の薹が20個ほど入ったパックが180円ほどでスーパーに売っている。ゆでるとどす黒い黄土色のあくが出てくる。白い卵をいれて10分ほど茹でると色がついてくる。お湯から引き上げ流水で洗う。すると写真のような黄金色のゆで卵のできあがり。ちなみに色をまた白に戻すには酢をいれたお湯で再度煮ると落ちるそうだ。

蕗の薹ほうけて瓶にささりけり  正岡子規
古垣の縄ほろと落つ蕗の薹  室生犀星
蕗の薹黄金に染まる卵かな  ヲサム
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by attainmentofall8 | 2011-02-28 16:38 |
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銀座資生堂パーラーのチーズケーキを戴いた。
包装紙や箱も花椿とSのロゴマークの入ったしゃれたものだ。食べるのがもったいなくなるような小箱にひとつひとつ入れてある。一度食したら忘れられないような歴史を感じる濃厚な味のチーズケーキである。
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by attainmentofall8 | 2011-02-27 23:07 |

イチゴ大福

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昨年の3月26日のブログに書いたイチゴ大福。また戴いたので今回は写真を撮って中身をつぶさにチェックしてみた。やはり求肥がポイントのようだ。イチゴが顔を出すか出さないかぐらいの按配に入れてあり、紅をさしたような加減が見栄えを良くしている。断面でみると白餡が薄く入っているのがわかる。甘さが程よくてイチゴの酸味とぴったり合っている。職人技といえる。
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by attainmentofall8 | 2011-02-26 18:17 |

ピカレスク

井伏鱒二(1898~1993)と言えば、「山椒魚」「黒い雨」「ジョン万次郎漂流記」などの作品で有名な作家である。1937年に「ジョン万次郎漂流記」で直木賞を受賞、1966年には文化勲章を受章した文壇の大御所であった。

猪瀬直樹著「ピカレスク 太宰治伝」に、井伏鱒二の剽窃についての記述がある。井伏は、「井伏さんは悪人です」と遺書に書き残し入水自殺した太宰と師弟関係にあった。その言葉が井伏の盗作・剽窃疑惑と直接関係があるかは不明だが含みのある言葉ではある。

井伏本人は「山椒魚」はチェーホフの「賭け」からヒントを得たと書いたり話したりしているが、実はロシアの風刺文学作家サルティコ・シチェドリンの「賢明なスナムグリ」からの引用という。

原爆の悲惨さを克明に描いた「黒い雨」も、広島に住み被ばくした重松静馬の「重松日記」からの盗作だという。重松氏から井伏に対して原稿を使ってほしい旨の依頼があり昭和39年当時で15万円の謝礼金(井伏側から5万円、新潮社から10万円)が渡されたという。

さらに直木賞を受賞した「ジョン万次郎漂流記」は、江戸時代に八丈島に流された旗本近藤富蔵が八丈島で書いた「青ヶ島大概記」をリライトしたものだという。井伏は折口信夫から借り受けたこの文語体の本をもとに、当時(昭和9年)学生だった太宰にも手伝わせて書いたそうだ。

猪瀬自身、独自の調査裏付け取材もあると記しているが、井伏の剽窃疑惑に関してはおびただしい数の資料や出版物があるようだ。「ピカレスク」の巻末参考文献をみるとわかる。

アイディアを借りたり、表現をまねたりすることはよくあるだろう。フランスの数学者アンリ・ポアンカレ(1854~1912)は「新しいアイディアとは既存の情報のまったく新しい異種結合である」と言っている。ところがリライトとなると盗作であり、その作者の名前を冠して世に出すのは盗作と言われても仕方ない。井伏鱒二の作品に対する読み方が変わってきた。
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by attainmentofall8 | 2011-02-26 01:05 | 読書

中国のバブル

大前研一著「お金の流れが変わった!」を読んでいるところに、中国の預金準備率の引き上げが行われたとのニュースが入ってきた。中国人民銀行(中央銀行)は24日、預金準備率を0.5ポイント引き上げたそうだ。預金準備率の引き上げは2011年に入って2回目、2010年以降では8回目で、中国大手銀行の預金準備率は19.5%に達し、過去最高水準になった。中国は銀行ごとに預金準備率が違うそうで、今回の引き上げも不動産融資に熱心な一部の銀行を対象にしたものと言われている。

大前氏の著書を読めば中国バブルのすさまじさがわかる。かつての日本やアメリカのバブルとは次元が違い、仮にバブルがはじけたらその影響は世界経済が奈落の底に沈んでしまうと大前氏は言う。

年俸の20~30倍の借金をさせてマンションを買わせ、そのマンションを抵当にしてさらに新しいマンションを買わせているという。値上がりを見込んで買い替え、買い替えで、気が付けば年俸の100倍以上を借りている人も珍しくないそうだ。

中国には新築物件の空き室が7000万戸もあるらしく、これはアメリカでサブプライム危機以後に競売される予定の最大1000万戸に比べたら実に7倍に当たる。借りまくって投機的な不動産投資を続けたが価格上昇がストップしてしまった結果である。これは中国国務院が「不動産価格の早すぎる上昇の抑制に関する通達」を出して不動産の騰勢が弱まってからという。

一軒目の住宅購入時の頭金比率は30%以上、二軒目の時は50%以上で貸出金利は基準金利の1.1倍以上、三軒目以降は比率と金利を大幅に引き上げ。ざっとこれが通達の概要である。

日本の不動産バブルは総量規制ではじけたと言われている。不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑えるのが総量規制だが、中国は日本の二の舞になりたくないというわけか頭金比率と貸出金利で抑制しようとしているようだ。それでも歯止めが効かないために、預金準備率を引き上げることで過熱を抑えようとしている。

預金準備率は、銀行が持つ預金量のうち中央銀行に預けておく率をいうが、市場に出回る資金を減らし、金融機関の貸付能力を抑えるために準備率の引き上げが行われる。ハイパーインフレの中国では、物価上昇の主な原因は市場に出回る資金が多すぎることにあるとみており、消費需要を抑制しまた物価を抑制するため、今回預金準備率の引き上げを行ったようだ。

結局、預金準備率の引き上げに連動して、各銀行は個人や中小企業への貸出金利を上げる可能性がある。中小企業の場合それがコストにはね返り消費者への負担となる。中国政府はバブルを崩壊させないように種々の政策を試み、今のところうまくいっているが綱渡り的な状況であることにかわりはない。

中国は、共産党が一党独裁で独断的にさまざまな政策を即、タイムリーに実施できるから今のところバブルを崩壊させず何とかしのいでいると言える。しかしながら爆弾を背負っているような状況に変わりはない。日本の債権も似たような状況で、いつ下落して大混乱になってしまうか不安は尽きない。
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by attainmentofall8 | 2011-02-25 00:30 | 政治/経済
2/18のこのブログで正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」を取り上げたが、たまたま今日の読売夕刊の俳句時評に西村和子氏が大変示唆に富んだ文を書いている。

斉藤茂吉はこの句の「端的単心の趣」を認めるも、高浜虚子は『子規句集』を編むに際して採録しなかった。要するに作者名を外したとき、秀句と言えるかどうか評価の分かれる句であるということである。

西村氏は、高橋睦郎氏の近著『季語百話―花をひろう―』がこれに対して明快な評価を下しているという。なぜなら、高橋氏は子規の同時期作の「鶏頭や二度の野分(のわき)に恙(つつが)なし」「此頃の空気乾くや枯鶏頭」をあげて、「鶏頭の十四五本もありぬべし」を「すべてが枯れ果てて、引き抜かれた後の回想の句であるらしい」と読み解いている点をあげている。

この句の要は「ありぬべし」に強調された推量にあり、これが過去の推量「ありにけむ」となったら読み手の心に鶏頭が甦らない。すでに眼前にはない鶏頭を記憶・想像によって色の饗宴を回想・喚起し、無と有の境界に立つ出色の傑作だと位置づける。虚実の間に遊ぶ醍醐味でもある。

圧倒されそうな賛辞の理屈付けである。作者名を隠し初出でこれだけの能書きを並べられるものだろうか。子規(1867~1902)晩年の作なので、100年以上子規の名前を背負って鑑賞された暁の句評といえる。その善し悪しは別にして。

僕はこの句を駄作などというつもりはないが、あえて子規の当時の状況を加味し「回想の句であるらしい」という高橋氏の言葉を借りて句意を察すれば次のようになる。

ポイントは十四五本にあるように思う。本は「ぽん」「ほん」「ぼん」と読み方があるが、なぜ14、5という数字を選んだかということだ。19、20でも15、6でもなくなぜ14,5を選んだかは推察するに、「ほん」の方が他の読み方に対して力まず声に出せるからではないだろうか。

病臥する子規は混濁する意識の中で、「庭に鶏頭が14,5本あるはずだ、障子を開けて見せてほしい」と看病している妹の律に頼んでいるような情景が浮かんでくる。鶏頭は引き抜かれてないわけだから心眼に浮かんだ鶏頭をイメージしながらもしかしたら、来年も同じ鶏頭をみられるだろうかという辞世の句にもきこえる。

とにかくいろいろなことを想起させてくれる句ではある。子規は草葉の陰から、「客観写生とはいえこんな句は作っちゃいけないよ、と弟子に向かって言うつもりで作った句だったのに~」なんて苦笑してないかな…(笑)
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by attainmentofall8 | 2011-02-23 18:56 | 俳句/短歌/川柳

国体のいかさま

昨年の国民体育大会(国体)に関して、山口県代表選手のうち35人が参加資格を満たしていなかったという記事が本日の読売社会面に出ている。山口県は今年の第66回大会本大会の開催地なのでそれに合わせて選手の住民票を移したらしいが、生活実態や勤務実態がないと判断されたという。

なぜ国体は開催県が毎回総合優勝するのだろう??という謎は、知る人ぞ知る秘密ではなかっただろうか?開催県が他県から有力選手を引き抜いたり、就職させたりするのは昔からの慣行ではなかったのか。今回の山口県の場合はちょっと派手に目立つようにやりすぎたということだろうか?

この記事によれば、1964年(昭和39年)の第19回大会以降46年間、一度の例外を除き全て開催県が総合優勝して天皇杯を獲得しているそうだ。例外は2002年当時の高知県の橋本知事が異を唱えて強化を行わず10位に終わった例があるそうだ。

これは相撲の八百長とほとんど同根だと思う。天皇賜杯や天覧試合があるのだから八百長はけしからんという意見もあるが、国体も全く同じである。この際総合優勝などなくせばいい。個人とチームの順位付けだけで十分だろう。

開催県の総合優勝がスポーツ振興に寄与するというのは、なくはないだろうがほとんど変わらないと思う。事なかれ主義で前例を踏襲しようとするため、大して罪悪感もなくあこぎな引き抜きなどやって開催県を優勝させようとしてきたのだろう。ある意味こちらの方の欺瞞・詐欺的手法の方が若者に与える影響は大きいのではないか。

どうしても開催権を優勝させたければ、大会直前の順位で1位2位の選手ないしチームを開催県の所属にするという決まりをつくればいい。同じ八百長でもルールに基づいているぶん選手も県民も後味の悪さを感じなくて済む。

それにしても日本人というのはすべからくオーガナイズされていないと落ち着かないのか、予定調和的秩序を好むものだとほとほと呆れてしまう。40数年不思議な慣行が行われているのに、マスコミは思いついたように表面的な単発記事にするばかりだ。裏で動くお金の流れなどを取材して糾弾すべきだろう。

天皇や国民・県民に大ウソをつくお祭り国体でシャンシャンやっている人が相撲の八百長にブーイングしているさまは、「目くそ鼻くそを笑う」だろう。
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by attainmentofall8 | 2011-02-22 15:21 | 雑感

きのう今日と外を歩き回って、梅の花があちこちに咲いているのに気付いた。

手袋を片方なくしてしまい仕方なしに新しい手袋を買うはめになってしまった。ないとまだ何となくさみしいものがある。

梅一輪一輪ほどの暖かさ  嵐雪
紅梅や枝枝は空を奪ひあひ  鷹羽狩行
大空は梅の匂いにかすみつつ曇りもはてぬ春の夜の月    藤原定家

二月は逃げるように過ぎ去るというがまさにそんな感じであと一週間で3月である。
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by attainmentofall8 | 2011-02-22 00:24 | 俳句/短歌/川柳

目に見えないもの

昨日のブログに対して友人から面白いサイトを教えてもらった。小西克哉氏の衛星放送番組のYouTube版である。オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォフレン氏にインタビューしている。そしてウォフレン氏の紹介のなかで、80年代に氏はすでに日本の統治システムについてたいへんユニークな見解を出していることを教えてくれる。

話は飛ぶがNNI(株)の新社長のブログhttp://ameblo.jp/new-nni/entry-10806021202.htmlに次のようなコマーシャルが紹介されている。公共広告機構のテレビコマーシャルだそうだ。その一部である。

心は見えない。心配りは見える。
思いは見えない。思いやりは見える。
世の中を動かしているものは、見えないものである。


先ほどのオランダ人ウォフレン氏は、小西氏によれば著書の中で次のように書いているそうだ。
日本を動かしているのは政治家でも財界でも国民でもない。見えない官僚たちである。顔も名前もないかたちで動かしているがゆえに責任も取らない。これは資本主義でも自由主義でもない管理された日本独自の制度というべきものである。

要するに日本国のmanagerマネージャーは官僚ということである。

政治家がマネージャーになるには、権謀術数というか人心収攬に長けた政治家が求められる。そういう意味においては、小沢一郎氏が毀誉褒貶あっても常に注目を集めていられる理由かもしれない。官僚養成大学である東京大学出身でない、小沢一郎・田中角栄的な政治家でないと真の意味において政治家の手になる政治は行われないということになるのだろうか??
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by attainmentofall8 | 2011-02-20 23:58 | 政治/経済

すわ解散?!

政界が不穏な動きになってきたようだ。民主党の小沢氏支持派の衆議院議員16人が会派離脱騒動を起し、その影響を受けて菅首相支持派の一部からも退陣論が出ているという。

2011年度予算案も通していない状況で、予算案の成立と首相退陣を引き換えにする強硬案もあるようだ。菅首相の方は衆議院の解散に含みを持たせた発言をして牽制しているようだが、今の国内・国際情勢を考えたらこんなことやっている場合ではないだろうという気がする。

それもこれも元をただせば小沢元代表が強制起訴され、それに対して民主党執行部が小沢氏に対して党員資格停止という処分を下したことだろう。小沢氏の逆襲が始まったと考えれば鳩山元首相のルーピー発言も納得がいく。

小沢氏のこれまでの来歴を考えれば民主党も瓦解する可能性は多分にある。自民党を割ってから作った新生党、新進党、自由党そして民主党、すべてに自分の息のかかった傀儡の人物を前面に出しながら裏で繰るという手法を得意にしてきた。羽田孜、細川護煕、海部俊樹、鳩山由紀夫氏などそうだった。

権力維持のために小沢氏が次に担ぎ出す人物は誰なのか…。おそらく外務大臣で海外に顔を売ってきた前原誠司氏あたりになるだろうか。民主党を壊さないで首のすげ替えだけを想定した場合であるが。

この際新党をつくって大きな組み換えが起こるかもしれない。そもそも国家の根幹にかかわる重要事項に関して、全く意見を異にする小党を取り込まざるを得ない状況が異常と言えば異常なのだから。その際はもちろん首相に担ぎ出される顔は違ってくるだろうと思う。

日本は官僚制がガチッとしていて政権交代になっても官僚の入れ替えがあるわけではない。そのため今の民主党のように官僚に面従腹背のような対応をされたらにっちもさっちもいかなくなる。政治家がそれに代わってやれるかと言えば不可能であろう。

結局、小沢氏のようなタイプの政治家がいて官僚や他の政治家をうまく操縦していかないと政治が立ちいかないというのが日本の政治ということになるのだろう。残念ながらそれが日本的と言ってもいい特徴なのかもしれない。明治維新時に大久保利通らが作り上げた官僚制度、官僚の養成機関・大学などすべてを変えないと政治主導などという言葉は絵に描いた餅なのだ。

せっかく仮免許教習(菅首相自らそういった)が終わって本免許で始動しようというときにこの騒ぎである。日本には二大政党制は根付かないのではないかと危惧する。
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by attainmentofall8 | 2011-02-19 11:35 | 政治/経済