日々の雑感


by さむちゃん
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御厨氏のコメント

迷走する民主党政治のアナロジーとして明治維新直後の政治状況を挙げているのが、東大の御厨貴教授である。今朝の読売新聞の「地球を読む」にでている。烏合の衆と化した国会ではいまや解散総選挙という劇薬しかない、と辛辣なコメントをしている。

明治維新直後のまだ幕藩体制下で各藩が独自の国家運営を任されていた名残が消えきれない時と比べられてしまうのも、日本の政治状況もおちぶれるところまで落ちぶれてしまったものだ。維新直後の百家争鳴は、日本の急速な近代化の実現という大きな国家目標があったがゆえに統治機能の自己修復も追い風を受けた面がある。

翻って今の日本の現状を政権党の議員方は本当に憂えているのか疑問だ。1000兆円もの累積債務があっても、破たんした国家みたいに外国人投資家の比率が高いわけではないのだからまだまだ安心だという気持ちがないだろうか。日本国内での富の配分が変化しているだけだと思っていればこそ借金地獄の危機意識がないのだろう。

御厨氏の言うように、仮に解散総選挙になってどこの政党が第一党になろうとも、今のようなねじれ国会では先行き行き詰まることになるだろう。

僕はあえて今の民主党にもうしばらく(今夏くらいまで)やらせてみるのもいいのかなと最近思うようになってきた。政治が空転すれば大変なことになるという人もいるが、優秀な官僚政治に頼っている現状ではちょっとやそっとではポシャることではないだろう。

今の政権にいる議員方は野党時代には、理想主義的な空理空論を振りかざして裏では政権党と手を握っていたこともある人たちだ。冷厳な国際政治と向き合って現実的な政治に目覚めるには今しばらく針のむしろに座っていてもらうしかないだろう。

民主党自体が極左から極右までいる政党であれば意見の集約を試みるほうが無理というものだ。旧社会党系の人たちは、元官房長官の仙石氏を含めて、非武装中立・自衛隊反対を叫んでいた人たちである。政権の中枢にいてその非現実さが身に染みたと思う。学習効果である。

憲法問題にしてもしかりである。現実的なリアリストが多数を占めれば国会ももっとまともな議論に収斂していくと思う。その学習効果をもう少し味わってもらうためには、もうしばらくの時間が必要だろう。国民の側も自分たちの代表であれば、己の姿を映す鏡と心得て我慢のしどころと思う。
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by attainmentofall8 | 2011-01-31 18:18 | 政治/経済
「ありがとう一日100回運動」というものを提唱して実践している方がいる。小島康誉(やすたか)氏である。現在、佛教大学で教えながら念仏の道を歩んでおられる。

氏はもともと実業家で、若いころインドの仏教遺跡の巡行に参加したことがあったらしい。その時、霊鷲山での神秘的な体験から仏教に目覚め、松原泰道氏を師と仰ぎ40代後半で得度され、50代半ばで完全に実業の世界から引退して現在は念仏中心の生活に生きているという。

松原氏とは宗派が違うが、仏教の実践者として尊敬されていたらしい。
鹿児島の佐多岬から北海道の宗谷岬まで全国行脚を体験したり、中国西域の仏教文化遺産の保存に尽力されてもいる。

日本縦断では3200㎞を歩いているとき大自然と一体となる不思議な感覚をもったそうだ。行き交う人々は言うまでもなく、雲や風、鳥、蝶々のようなものにも助けられ一人で生きているのではないと実感したという。しかしながら、この行脚を通しても雑念が払しょくされることはなく、煩悩にこだわってはいけないということも知る。

人だけでなく物にも感謝の気持ちを持ち、良いことも悪いことも含めて感謝で受け入れる。有難くないことも有難いことと受け入れることが大切と氏は説く。

山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)という人口に膾炙している言葉があるが、なにかこれに通じるような深遠な考えに思う。山川草木のようなものでさえ、自然そのものが仏であるという意味である。

ところが、末木文美士(すえきふみひこ)という仏教学者はあるコラム欄で、この言葉は本来、草木国土悉皆成仏が正しくて一般に流布している意味とはちょっと違うと書いている。

仏が悟りを開いて、その目でこの世界をみると全てが真実の仏の世界に他ならないという意であるという。

逆に言えば、山川草木万物が成仏して見えるように努力していくことが即身成仏ということに他ならない。さらに言えば、浄土は我々自身が心を浄めていくところに実現されるということであろう。

一日100回ありがとうを言うことは、「言うは易し行うは難し」である。対人に使うだけでなく、パソコンにも一本のボールペンにも、セーターにも靴にも、サッカーにも駅の改札機にも言って歩かないと間に合わないだろう。その気持ちが大切ということと理解したい。
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by attainmentofall8 | 2011-01-30 21:55 | 雑感

海鼠(なまこ)

毎日新聞の季語刻々というコラム欄で俳人の坪内稔典氏が海鼠(なまこ)の句を取り上げている。

むかし男なまこのやうにおはしけむ  大伴大江丸
作者は江戸中期の俳人であるが、男とは在原業平のこと。業平にも海鼠時代ともいうべき孤独で無口な時代があっただろうという句意である。

江戸期の男から見れば、平安時代の公家の男がみんな海鼠のようななよなよとした軟体動物的に見えたとしても不思議はないだろう。まして業平は小野小町の男性版である。
名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと  在原業平
古今集に出てくるこの歌の作者である。

坪内氏はもう一句蕪村の句を挙げている。
思ふ事いはぬさまなる海鼠かな   与謝蕪村

Sea Cucumberといわれるように、どどめ色のキュウリのようなグロテスクななりの海鼠である。数億年も進化しないで海の底に寡黙に沈潜しているイメージがある。昨今の景気低迷で悲哀を十分に味わい尽くした会社人間でなくとも、店のカウンターに座って一人酒でつまむ肴にふさわしいのは海鼠だろう。

酢海鼠は、噛みすすむうちに腹に収めた思いもいっしょに消化されてしまうような肴である。三杯酢の味とコリコリ感と酒が絶妙な釣合いといえる。

無常てふ避けがたきもの海鼠噛む ヲサム

諸行無常の鐘の声を心に聴きながら、束の間の恒常に海鼠の歯ごたえがたまらない。
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by attainmentofall8 | 2011-01-29 19:14 | 俳句/短歌/川柳

白洲正子

マッカーサーに楯突いた唯一の日本人として有名な白洲次郎。終戦直後、憲法の草案を巡って進駐軍とイギリス英語で張り合ったと伝えられている。吉田茂の懇請で終戦連絡中央事務局参与として日本側の主張を代弁した人物である。

その白洲次郎の妻が白洲正子(1910-1998)である。能や古美術に通じ、当代一流の人々との交流や著作を通して彼女自身も晩年は有名人であった。

「白洲正子自伝」を読んでいて、冒頭から驚かされた。こんな逸話を紹介している。

津本陽著「南薩示現流」にこんな話が載っている。
幕末のころ、薩摩示現流の使い手、指宿藤次郎が京都祇園で見廻組に斬り殺される。その時〇〇某という若侍が同行していたが、彼は恐れをなして遁走し難を逃れる。

後日、指宿藤次郎の葬儀の場で、橋口覚之進という兵児二才の年長格の若侍が、〇〇某を呼んで「お前(はん)が一番焼香じゃ、さきぃ拝め」と指図する。

おそるおそる進み出て焼香し、蓋のしてない棺の前でうなだれていると、橋口は一刀のもとに〇〇の首をはねる。首は指宿の棺の中に転がり落ちたという。

白洲正子は続けてこう書いている。葬儀は一種の儀式で、参列者はもちろん斬る方も斬られる方もすべて暗黙の了解のもとにあり、「こいでよか」の一言ですんだのであろう。

この橋口覚之進なる人物が白洲正子の祖父である樺山資紀の若き日の姿である。橋口は同じ薩摩藩の樺山に養子に入り、資紀と改名した。樺山資紀は西南戦争の時の熊本鎮台参謀長だった。のち海軍大将にまでなっている。

まことに野蛮な話と受け取られるかもしれないが、当時の薩摩郷中教育を受けた武士たちにとっては当然の帰結だったのだろう。臆病を嫌悪する薩摩武士である。すさまじい示現流の本家本元にしておこった珍事と言えよう。
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by attainmentofall8 | 2011-01-28 22:45 | 歴史

サッカー選手

先日の日韓戦サッカーで、韓国代表MF奇誠庸(キ・ヨンソン22歳)選手が日本を侮辱するようなしぐさをしたというので、韓国内からも批判が上がりFIFAから処分の可能性も言われている。

前半23分PKを決めた後、カメラに向かって頬を膨らませて左手で顔をかくなどサルのまねをしたことらしい。この選手は試合後「旧日本軍が使用した旭日旗を観客席に発見して、『選手である前に国民』と怒りの反応だった」と述べたそうだ。

旭日旗に反応して怒りを表したという、信じがたいようなコメントに正直驚いた。たかだか22歳の若者が、親だって戦争世代ではないだろうに。反日教育のたまものなのか?! どんな教育を受けたか知らないが洗脳的な教育の恐ろしさを感じる。

人気韓国ドラマが放映され、K-POPの若いアイドル歌手たちがこぞって来日している時代に、あまりに浅薄な内向き志向という印象をうける。まあサッカーばかりやっているボンボンであれば、反日でも叫ばないと闘争心がかきたてられないのだろう。

会田雄次著「アーロン収容所」を読めば、戦争中の捕虜としての苦しみ・悩みがわかる。会田氏は第二次世界大戦後にビルマのイギリス軍捕虜収容所で過ごした自身の体験を赤裸々に書いている。白人優位主義に基づく黄色人種にたいする蔑視を余すところなく描写している。虜囚の立場にありながら冷静に沈着に支配者を観察した作品である。会田氏がこの本を世に出したのが1962年である。戦後15年も経って当時を回想してペンをとっている。

一方、ジャック・エドワーズ著「くたばれ、ジャップ野郎」というのは、逆に第二次世界大戦中にイギリス人のエドワーズ氏が捕虜として日本軍から受けた体験を生々しく書き連ねている。戦後40年以上たってから”Banzai You Bastards”のタイトルで出された本の邦訳版である。

会田氏もエドワーズ氏も直接の戦争体験者である。実体験からくる凄味のようなものがある。われわれ日本人の戦争を知らない世代が、ある国や国旗に対して先の大戦を理由に嫌悪感を示すなどということは極めてまれなことではないだろうか。韓国の若者が旭日旗に対してそのような感情をむき出しにしたというのは教育の成果=刷り込み以外のなにものでもないだろう。

しかしまあ、あまり目を向くほどのことでもない。ちょっと書いてみたくなっただけだ。猿が猿まねをしたととって、軽く流してしまうのが賢明だろう。好転している日韓関係を前向きにとらえていくのが若者ではないか。
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by attainmentofall8 | 2011-01-27 21:57 | 雑感
サッカー日本代表のゴールキーパー川島永嗣選手については、以前もこのブログで書いたことがあるが、またまたファンになってしまった。

サッカー・アジア杯の準決勝、日本代表は韓国と対戦、PK戦で辛勝して決勝進出をきめた。韓国のPKを2本も止めた川島の活躍を見て思ったことがあった。

川島という選手の体からは、目には見えない言葉にもならない名状しがたい何かが発せられているのではないかと。あえて言葉にすれば気、精気、凄気だろうか。

PK戦でシュートを蹴りこむ選手と対面するゴールキーパーには、この凄気があるかないかで阻止率は全然違ってくるだろう。相手のエネルギーを殺いでしまうだけでなく気まで抜いてしまう。

まるで真剣勝負の時の凄気に似ている。竹光ではこんな凄気はでない。司馬遼太郎の小説の中に出てくる坂本竜馬だったと記憶しているが、こんな話がある。

龍馬が通りを歩いていると向こうから新選組の数人が近づいてくる。逃げようと思えば逃げられる距離である。しかし龍馬は悠然とすれ違って通り過ぎていく。北辰一刀流の剣の達人である龍馬にしてみれば刀を抜いて切り倒せたかもしれない。逆に新選組も集団だから龍馬ひとりくらい切り倒せたかもしれない。

ポイントは龍馬が、相手に剣を抜かせなかったというか、抜かせられないような気を発していたからだと司馬は解説していたと思う。

まさしく川島の発する凄気は、妖気となって相手の足元を狂わせたのだろう。

さらに川島の強みは、ボールに反応して左右に自在に動けることだろう。対面する選手を全身観察してどこに蹴りこもうとするのか予測した上での動きとしか考えられない瞬発力だ。

元楽天監督の野村克也氏は、現役のころピッチャーを観察して癖を見抜きどんな球を投げるかすべて当てることができたと言われている。それと同じで、川島もおそらく鋭い感覚で右か左か事前に予測してボールに飛びついているのだろう。

日本代表はザッケローニ監督になってメンタル面が一層強化されたように感じる。土曜日の豪州との決勝戦は大いに期待したい。
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by attainmentofall8 | 2011-01-26 22:52 | 雑感

財テク

毎月3万円を年平均利回り12%の複利で運用した時、30年後には元利合計はいくらか?

1億円突破の1億484万円。

毎月たった3万円で??

歴史上最大の数学的発見、それは複利である。 アルベルト・アインシュタイン

今のご時世、年利12%なんてありえない話だ?!

でも実際ありうる話である。ハーバード大学やイェール大学の基金運用は年平均利回り16%前後をキープしています。(2008年の世界金融危機の年は例外)。ポートフォーリオ理論のような知識の粋を集めて最高の運用をしているからだ。

破たん寸前の国家財政の日本であれば、年金制度も破たんしていると考えていい。破たんまでいかなくても今後維持していくのはかなり厳しいと考えるのが自然である。公的年金に頼らず老後のお金は自分で作らなければならない。

その作り方として一番安心なのが「長期国際分散投資」の投資信託である。
と、ざっとこんなことが、新邦昭著「年金ゼロでも貯金1億円の資産運用術」に書かれている。

新邦昭氏は(株)NNIの社長で、国際金融商社を目指して日々頑張っておられる。
「保険革命」などの著書でも知られ、早稲田大学アントレプレヌール研究会最優秀賞を受賞され、7億近い金を投資会社から受けベンチャー企業を1998年に立ち上げた方である。

実は今日その新邦昭氏と2時間近く差しで話を聞かせていただいた。もう10年以上飲み友達に加えていただいているが今日は朝方ということもありコーヒーを飲みながらの話であった。還暦には見えない若々しいエネルギッシュな方である。頭の回転も速く優秀であるが、私のような仕事にもならない人間に2時間も割いてくださる気さくな方でもある。

きょうはいろいろ教えていただき、お礼をかねてブログに新氏と著書の紹介をさせてもらった。興味のある方は、www.nni.ne.jp や<blog.livedoor.jp/jungledog/>をご参照ください。
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by attainmentofall8 | 2011-01-25 22:32 | 政治/経済

エシカル消費

前々回、タイガーマスクの寄付行為というタイトルのブログのなかで、マスコミの責任の一端を指摘した。この小さな声が届いたかどうかはわからないが、勝手な思い込みかも…。実にタイムリーに今日、テレビ東京の報道番組で、関連したニュース解説をやっていた。

キーワードは「エシカル(ethical)」。「倫理的な、道徳的な」といった意味の英語であるが、今、企業がエシカル消費につながる商品をどんどん扱うようになってきているという。つまり、例えばある商品に売り上げの何%かはアフリカの飢餓救済に使われますと謳ってある。消費者がそれに共感してもとめれば直接寄付したのと同じ満足感が得られ、企業側も売り上げが伸ばせるということらしい。

ある女性向けの雑誌など一割上乗せした価格で販売し、企業がそのお金をチャリティーに拠出するという。雑誌を一冊買うという日常の消費行動によって社会貢献、寄付行為ができるとあれば、購入にも弾みがつくというものだ。


番組ではもう一つ債権(Bond)の話もしていた。「ワクチン債」「クリーンウオーター債」「クリーンエナジー債」などがネットでも購入できるとあって売れているのだそうだ。
このような債権はどんなからくりになっているのだろうかと疑問がわく。

ワクチン債のメカニズムをネットで調べてみると、簡単には次のようなものだ。
途上国の予防接種は緊急性を要するにもかかわらず、各国の政府の援助資金は逼迫している。そこで社会貢献、社会責任投資に関心のある法人や個人から、比較的低利の起債をすることで資金を集める。そして、ワクチンを無償援助しておいて、期間をかけて償還しない出資金(寄付金)を各国政府から少しずつ国際金融ファシリティ(IFFIm)に入れることで返還していこうというアイディアだそうだ。

このようなエシカル消費の動きの背景には、消費者の社会貢献に対する意識の高まりがあるという。内閣府が2010年に行った「社会意識に関する世論調査」によれば、日本人の65.2%が「日頃、社会の一員として何か社会のために役に立ちたい」と考えている。

また、不透明な社会や先行きに対する不満から、社会を変えたいといった意識が高まっている可能性もある。「エシカル消費」は日本国内で、確実に根付いてきているようだ。日本人に合っているのかもしれない。さりげなく日常の消費行動の中で、直接寄付行為をしたのと同じように慈善事業や社会支援活動に小さな貢献ができるのだから。

願わくば、エシカル消費者の多様な希望に添えるように、オプションも同時に増えてほしいものだ。そして、企業には看板に偽りなくチャリティー拠出がなされるよう、一層の倫理性が問われることは言うまでもない。
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by attainmentofall8 | 2011-01-24 20:08 | 雑感
南日本新聞の記事によれば、鹿児島県は21日、2010年10月1日に実施した国勢調査速報を発表したそうだ。

県の総人口は、1975年の戦後最少の172万3902人より少ない170万6428人。05年の前回調査時より4万6751人(2.7%)減少。県内43市町村のうち、人口が増えたのは鹿児島市、霧島市、龍郷町の2市1町だけだった。龍郷町1.3%(80人増)、鹿児島市0.3%(1573人増)、霧島市0.2%(203人増)。

人口減少率が高かった自治体は、大和村12.1%、南大隅町10.9%、錦江町10.3%、三島村9.5%、垂水市8.8%。人口減少数が大きかったのは奄美市3491人、曽於市3108人、南九州市3102人など。
(以上南日本新聞より、一部改変)

全国的な少子化は、九州最南端の鹿児島も例外ではないようだ。むしろ過疎化と相まってますます人口減少が進み、さらに密集地とそうでないところの格差が大きくなっているのがわかる。県庁所在地の市内と空港のある霧島市以外は軒並み減少だ。

この3月12日に新幹線が全線開通して、その利便性ゆえに多少は人口を吸引する働きをすることを期待したい。少なくとも新幹線駅の出水、川内は恩恵にあずかれるものと思う。素通りされない工夫をこの際充実させるべきだろう。

鹿児島の振興と活性化のためには、中央にもみ手をするがごとく仰ぎ見ないことではないかと思う。江戸期の薩摩藩の気概である。薩摩半島と大隅半島が一体となって中国、東南アジア、インドなどの巨大市場を視野にいれて迅速、果敢に攻めていける体制を確立することだろう。最高級の農産品供給地が一番実現可能性が高い。

錦江湾に吊り橋でもトンネルでもつくって大隅とつなげてみれば、鹿児島の潜在力をもっと引き出せるはずだが。斉彬派と久光派が対立したように肝心な時に力をそがれないような政治力を発揮すれば、人口増加を意図しなくても、南端の県にして魅力的な県にかわるだろう。
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by attainmentofall8 | 2011-01-23 23:12 | 政治/経済
読売時事川柳に「小論文タイガーマスクとは何か」横浜 杉山太郎 というのがあった。

タイガーマスク伊達直人や伊達直子、サザエさん、矢吹丈などの名前で養護施設などにランドセルなどの金品の寄付が相次いでいると、メディアで報じられている。この現象をどう理解するべきかみんなが頭をひねっているところに、入試シーズンが重なってタイムリーな川柳だと思った。

NPO法人「日本ファンドレイジング協会」(堀田力代表理事)が昨年秋に日本人の寄付行為の全体像を明らかにしようと、日本初の「寄付白書」を発刊した。

それによると、09年の個人による寄付は総額5455億円に上り、15歳以上の約3分の1に当たる3766万人が寄付したと推計した。法人による寄付は国税庁統計で、年間4000億円台で推移しており、日本に計1兆円規模の寄付市場が存在するとした。

日本赤十字社や総務省などのデータに加え独自のアンケート調査を踏まえて推計したそうだ。09年の個人寄付の内訳は「宗教関連」がトップで全体の約4割の2409億円。檀家(だんか)による寄付やさい銭を含み、謝礼金などは除いてあるという。さらに「国際協力」662億円、「国・地方自治体」524億円と続くという。

日本人の寄付行為に関しては他の国と比較して、消極的・額が少ないなどさんざん言われているが実は実は莫大な額と規模の市場であると思う。もちろん寄付の定義にもよるが。
公共の団体や社寺などに金品を贈ること、というのが大辞林の定義である。

アメリカの10分の1くらいの規模だとか言われるが、国民の総意として政府が決めたアメリカ軍に対する「思いやり予算」や国際貢献、災害義捐金に対する出費も広い意味では寄付行為にあたる。そう考えれば、国際的なレベルから見て日本だけが極端に寄付行為が劣るという批判はあたらないと思う。

惻隠の情、憐憫の情という言葉があるように、本来日本人は寄付行為そのものに抵抗はないのではないだろうか。「武士は食わねど高楊枝」的に、体面や国際場裏の関係を意識して、寄付的な金品をごっそり出していないだろうか。むしろ出さされていないだろうか。

最初のタイガーマスクの寄付に戻ると、日本人の本来持っている惻隠や憐憫の情が、あることをきっかけにドッとでてきた現象ともいえる。匿名であっても目立つようなことは避けるとか、意を決して最初に事を起こすことをしない日本人にとって、誘い水のようなタイガーマスクの寄付があったので追随したというところだろうか。呼び塩というかサクラというかそういうものがないと、金がはけないともいえる。

やせ我慢して寄付をしようとする少数派もいるだろうが、結局はお金があるところにはあるということにもなるだろう。慈善行為には、誘い水も呼び塩もサクラもいらない、自己の感情の発露から自然になされるという形が望ましいのは言うまでもない。マスメディアは、タイガーマスクや伊達直人を面白おかしくただ垂れ流すだけでなく、個人や中小の法人がどういう寄付が求められているのか、どのような寄付方法があるのかを知らせることが大切ではないか。
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by attainmentofall8 | 2011-01-22 18:56 | 雑感