日々の雑感


by さむちゃん
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NHK日本の話芸で講談師桃川鶴女が「榎本武揚 恩愛親子餅」を演じていた。ほろりとさせる感動の名調子に講談もいいなと思った。

榎本武揚(1836~1908)は幼名を釜次郎といい、江戸の御徒町に生まれる。昌平坂学問所やジョン万次郎英語塾で学んだのちに長崎の海軍伝習所(1856)で蘭学や航海術などを学ぶ。その後オランダに4年ほど留学して徳川幕府の海軍トップに上りつめる大変優秀な幕臣だった。

ところが1868年徳川慶喜が大政奉還を行うと戊辰戦争がおこる。当然武揚は幕府側で新政府軍と戦い最終的には函館の五稜郭で降伏する。降伏に際し、彼は死を覚悟して、いつも肌身離さず持ち歩いていたオルトラン著「万国海律全書」を新政府軍の総参謀黒田清隆に送るのである。

本来ならば打ち首となるところを、黒田は意気に感じ武揚を助けてあげる。江戸の辰の口の牢に投獄される(1869)も、日本国にとって貴重な人材と嘆願する黒田に西郷隆盛も同調して、1872年に特赦出獄して新政府に登用されるのである。その後、明治政府での武揚の活躍はめざましいものがある。逓信大臣、文部大臣、外務大臣、農商務大臣などを歴任し、1874年には樺太・千島交換条約の締結にも尽力する。

講談は、辰の口(今の大手町)の牢獄に入っている際に、母親が息子会いたさに餅屋に扮してつなぎ餅を売りに牢獄に行く話である。門番に断られるも泣きついて何とか入れてもらえる。牢獄で格子越しに会えるが息子は、背中を向けてむせび泣くのである。看守や他の者の手前、他人のふりをしてきちんと話せないのだ。

「つなぎ餅を召しませ。命のつなぎ餅、縁のつなぎ餅…」武揚の母親の売り声が、余韻として妙に哀しく耳に響いてくる。

やがて恩赦を受けて出獄して自宅に戻ると、母親は10日前に亡くなっていることを知る。仏壇の前で息子は母親に対する冷たい仕打ちと不義理を詫びて泣くのである。
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by attainmentofall8 | 2010-11-30 20:26 | 映画/落語/芸能
23日、延坪島(ヨンビョンド、ヨンビョン島)に対する北朝鮮の砲撃で、韓国人兵士2名、民間人2名が死亡し十数名が負傷した。その後の報道をみていると、李明博(イミョンバク)大統領の北朝鮮に対する非難のトーンは上がる一方のようだ。

今日の夕刊には、大統領の談話が出ている。
「民間人に向け軍事攻撃を行ったことは、戦時でも厳格に禁じられた非人道的犯罪だ」
「もはや北朝鮮が自ら、軍事的冒険主義と核を放棄するのを期待するのは難しい」
「これ以上を忍耐と寛容はより大きな挑発を招く」
「延坪島と同様の挑発に対しては、速やかな軍事行動がとれる軍隊らしい軍隊を目指すために戦力を増強する」

韓国の民間人も、「同胞の民間人を殺すなんて許せない」と怒りの炎が収まる気配はない。日本人から見たらちょっとオーバーな感じのする韓国人の泣きや怒りの表情からは、日が経つにつれて憎しみが募っていくような印象すらうける。

北朝鮮の今回の砲撃で考えるのは、国家の末期的症状ともいえる無謀で自暴自棄的な軍事的行動であるということである。国民の大多数が飢えている中で中国の打算的友愛でかろうじて存立している国家の姿が哀れですらある。

とにかく同胞の憎しみを買ってしまったのは大誤算である。自国の崩壊に向けて拍車をかけたようなものである。恨(ハン)の歴史をもつ朝鮮民族にとっては日本人が考える以上の怒り・痛恨の気持ちが渦巻いていくことだろう。

日本は戊辰戦争時に、歴史の皮肉で朝敵になってしまった会津がいまでも薩長を恨んでいると聞く。薩摩に対しては西南戦争で多少の恨みは晴らした感があるらしいが、長州に対しては悶々と引きずっているようである。会津若松市と萩市はつい最近まで140年以上も対立してきた歴史がある。
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by attainmentofall8 | 2010-11-29 21:37 | 雑感

トイレの神様


今年の紅白歌合戦に「トイレの神様」を歌う植村花菜の出場が決まったそうだ。しかも約10分と長い歌をフルコーラス歌うという。

ポップスとしては意外な曲名であるが、おばあちゃんの知恵からの発想でできた歌だそうだ。こういう殺伐とした世の中だけにメッセージ性の強い曲と言える。汎神論的、八百万の神信仰からいえばトイレに神様がいるというのは不自然などころかスッと心に入ってくる。

トイレをきれいにすることをひとつの修行ととらえれば、禅的には歩歩是道場(ほほこれどうじょう)といえる。することなすことの一歩一歩が仏道修行だという意味である。道場だけが修業の場所ではなく、日々の暮らし、言動のすべてが道場であるとする「維摩経」の言葉からきている。

植村花菜がそのようなことを考えてこの歌を作詞したのか知らないが、亡き祖母の言葉を素直に理解して実践した褒美として降ってわいたような曲ともいえる。年配者の知恵を素直に取り込める受容力のある若者は少ないのが常であるが、彼女は例外といえるようだ。

これまで紅白歌合戦史で一人の歌手に10分も歌わせたことはないだろう。そういう意味では、今回の出場はNHK的配慮からの英断と思う。内容からしても教育的影響力は少なくない。トイレ掃除で世直しを実践しておられるイエローハットの鍵山秀三郎氏が審査員に呼ばれたらもっと面白くなるだろう。
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by attainmentofall8 | 2010-11-29 00:15 | 雑感

ボランティア

昨夜は今年最初の忘年会があった。異業種交流会的な方々の集まりである。会社経営をされている方々で普段から親しくお付き合いさせていただき啓発されている。

その中の一人にホームレスの人たちに食料支援などのボランティアをされている方がいる。炊き出しをしたり、仲間の食品会社関連に連絡を取って食品を提供してもらいそれを、山谷や横浜の寿町で配るというボランティアである。この不況の時代に自分の会社も経営で大変だとは思うが、社長自らボランティアに精を出しているのである。

なんでそんなにボランティア活動に時間と労力をかけていらっしゃるのか訊いてみた。ボランティアなどやったこともない人間の愚問ではあるが、その方は「自分のためにやっているんですよ」と答えられた。一瞬「自分のため?」と思ったが、それ以上質問しないで「そうですか…」で終わってしまった。

あとで考えてみるに、「情けは人の為ならず」でもなさそうだ。人に情けをかけておけば巡り巡って自分のためになる、などといった考えからボランティアをされているとは考えにくい。60近い年配の方だから、むしろ軽いゆるい宗教心(特定の宗教・宗派からくるものではなく慈悲心、親切心ともいえるもの)からきているのではと推察した。

人にもよるだろうが、ある年齢になると涙もろくなり若いころと比べて角が取れて、人生経験から円熟した心持ちになってくることだけは確かだ。つまり自分の生老病死というものについて不安や悩みを覚えるようになると必然的に「生死(しょうじ)の一大事」が一番大きな問題としてクローズアップされてくる。結局それが社会的弱者に対する慈眼観的ものの見方になり、自然な発露としてボランティアにつながっているのだろう。

宗教の根底は現世利益とは関係ない無功徳であろう。布施の気持ちが肝要であるということである。蚊に刺されても殺さないで、血を布施していると考えられるくらいの極致にたどり着ければいいのだろうが・・・。

布施の心でボランティアをさせていただきたいものだが、いまは正直、時間がない中で何ができるのか思案中である。
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by attainmentofall8 | 2010-11-28 13:47 | 雑感

あきれた監督先生

学業成績などを参考に部員の背番号を決めていた埼玉県の高校の野球部監督(39)が県教育局から「成績が類推されるような背番号の決め方は不適切」として改善の指導を受けたと新聞報道で知った。

この監督は8月に行われた県東部地区新人大会の前日、1、2年生の部員19人に対し、1学期の成績や部活動への取り組みなどが優秀だった順に、1~19番の背番号を渡していたらしい。

「高校生にとって一番大切なのは勉強。部員に考えを伝えたうえで、成績や生活態度などを考慮した」とこの監督は説明したらしい。夏の地方大会や秋季地区大会など、甲子園につながる大会では、投手は「1」、捕手は「2」など、高校野球で一般的な背番号の付け方をしていたというが、監督に就任した7年前には、テストで落第点をとった部員に「赤点帽子」と名付けた赤い帽子をかぶらせ、練習させたこともあったらしい。

もう何をか言わんやである。

この監督先生は、自分が高校のころ野球をやっていなかったかあまり熱心にやっていなかったのではないだろうか。またいい師に出会ってこなかったという意味において、不幸な先生のような感じがする。こんな先生についた野球部の生徒が可哀そうというものだ。

高校生にとって一番大切なのは勉強と思っているのなら野球などさせなければいいのである。野球の甲子園も勉強の甲子園も狙っているとしたら自分のキャパを越えたことをしようとしている。まずは甲子園に出場した監督がどんな指導をしているか勉強するべきだろう。そして心理学でもその手のハウツーものでも読んでどういうことをしたら生徒のモーティべーションが上がるのか研究しなければならない。

放課後の部活としての野球に専念させるのなら、むしろ勉学の世界から切り離してあげるべきだろう。それを背中に背負わせてまでやらせるなど、自分の背番号に監督・指導能力なしを表す0番でもつけないとわからないのかもしれない。

24日の読売新聞朝刊「私の先生」というコラム欄に、若者の非行問題に取り組む「夜回り先生」で有名な水谷修氏の記事がでている。上智大学の学生の頃、授業もサボって遊び歩いて自室に戻ると薄明かりの中で本を読みながら正座して朝の五時まで帰りを待っていた恩師の姿があったそうだ。氏はその後言わずもがな、学業に精励するようになる。

伏見高校のラグビー部の元監督も、確か箸にも棒にもかからない生徒たちに対して24時間コミットする形で接して日本一に導いたのである。

やはり自己を磨くことをまずしなければ、生徒に見限られてしまうのは監督先生の方であろう。心に背番号0を背負って愚直に真剣に接することが大事なことだろうと思う。
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by attainmentofall8 | 2010-11-27 00:38 | 雑感

一隅を照らす

TIMEのNovember 23,2010にNancy Gibbsの興味深いエッセイが出ている。

One thing technology can’t give us is time for serendipitous discovery. Why we need to reinvent free time.
科学技術によって恩恵をいろいろ受けているが、思いがけない発見をするのに必要な時間を作ってもらうことだけはできない。なぜ自由な時間を捻出する時間が必要なのか。

現代は忙しすぎて想像力を働かせる余裕がないのではなかろうか。生産性をあげるために昔の5人分の仕事にがんじがらめになっている。そんな中でグーグルの取り組みがユニークである。グーグルの技術者は一週間のうち一日を自分が所属していないプロジェクトで働いてもらうことで、ある種の知的研究開発を刺激している。

ゆとりの時間がないというのは論外だが、時間がたっぷりあればいいというものでもないところが難しい。Too much freedom makes it harder, too little makes it impossible. ほどほどの兼ね合いが大事みたいだ。

Creativity can be an admirable end in itself ― but it’s also a route to power.
……………………………………
The little individual can be a trimtab. Society thinks it’s going right by you, that it’s left you altogether.
創造力(独創性)というものは、そのものが称賛に値するものであるが、同時に社会全体を動かすような大きな力への道筋でもある。個々人がトリムタブになるなら社会はその総和でもって発展していくものである。≪トリムタブとは昇降舵・方向舵・補助翼の後縁につけたトリム(姿勢・釣合い)修正のための小翼片)≫

これは最澄の「一隅を照らす」という思想に近いものがある。
一隅を照らすとは、個々人が置かれている場所や立場で、ベストを尽くして照らせば、隣りも光り、ひいては町や社会が光るようになる。そして小さな光が集まって日本を、世界を、やがて地球を照らすことになるという意味である。

個々人が光るようになるつまりクリエイティブになるためにはある程度の時間的余裕が必要である。

大学もいまや、前期・後期でそれぞれ15回の授業をするようにと文科省から指導を受けていて窮屈極まりない。大学によっては各学期に中間試験を実施するところもあると聞く。小・中・高のゆとり教育のしわ寄せが大学教育にきてしまったせいである。本来ならば、関連する本を読んだり、全く関係ない演劇や映画を見る時間が大学生には必要だろうと思うのだが、とてもそんな余裕などないスケジュールを学生は強いられているように思う。
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by attainmentofall8 | 2010-11-26 19:10 | 雑感

映画レオニー

天才彫刻家といわれるイサム・ノグチを生み育て、自らも明治という激動の時代を生きたアメリカ人女性レオニー・ギルモアの生涯を描いた映画が、先般リリースされた「レオニー」

レオニーは米国に遊学中の野口米次郎と出会う。米次郎は慶応を中退して英詩の修行中の身である。一方レオニーは文学者で兼作家。米次郎の英詩出版に向けて手伝っている。
レオニーが妊娠するも、米次郎は帰国して日本人女性と再婚してしまう。母親のもとにしばらく身を寄せていたレオニーは、日本行きを決断する。イサムが生まれたのが、日露戦争の年、1904年。レオニーがイサムと来日するのはその数年後である。イサムは1918年一人でアメリカ留学するまで日本で過ごす。

日本での生活に戸惑いながらも、小泉八雲(ラアフカーヂィオ・ハーン)の妻小泉セツとの親交を深めたり、また津田塾大学の創始者津田梅子と出会ったりする。前身の女子英学塾を創立したのが1900年(明治33年)だから創立間もない英学塾にレオニーが職を求めて梅子に会うシーンがあるが断られる。明治の時代において正妻でない女性は女性として認められていなかったからである。

英語の個人教授などをやりながらレオニーはイサムを18まで育て上げアメリカに留学させる。イサムの妹は父が米次郎ではないようなので日本にいづらいという理由もあったのかもしれない。晩年にはアメリカで三人暮らすようになるのだが…。波乱万丈の人生を生きたレオニー・ギルモア。レオニーを演じるのはエミリー・モーティマー。明治の封建社会の名残が残る日本で凛として生きるアメリカ人女性をうまく演じ切っていた。素晴らしキャストに支えられて見ごたえのある作品に仕上がっていたと思う。

竹下景子の英語がうまいのにはさすが役者と感じ入った。当然英語の指導の先生がつくのだろうが付け焼刃でできるものではないのでかなり普段からやっている感じがした。渡辺謙の英語よりかなりこなれた英語に聞こえた。


<業務連絡>
Synthetic corneas restore vision in 1st human trial

Scientists in Canada and Sweden have used laboratory-made biosynthetic corneas to restore vision to patients in a small human trial, and shown for the first time that they can help to repair damaged eye tissue
カナダとスウェーデンの科学者たちは、小規模(10人の患者)ではあるが人間に対して行った実験で、患者の視力を取り戻すために実験室で作った生体角膜を使って、損傷を受けた目の細胞を修復するのに生体角膜は役立つことを初めて示した。

The scientists, whose work was published recently in the Science Translational Medicine journal, said their findings offered hope for the millions of people who go blind each year because of a worldwide shortage of corneas for donation.
この科学者たちの研究結果は最近STM誌にでたのだが、今回の結果は角膜の提供が世界的に不足しているために毎年失明する何百万という人たちに希望を与えるものであると彼らは言う。

“This study …is the first to show that an artificially fabricated cornea can integrate with the human eye and stimulate regeneration,” said May Griffith of the Ottawa Hospital Research Institute, who led the study.
「この研究は…言ってみれば、初めて人工的に作った角膜が人間の目に定着して再生を刺激することを示したのです」と、この研究のリーダーであるオタワ病院研究所のメイ・グリフィスさんは述べた。

“With further research, this approach could help restore sight to millions of people who are waiting for a donated human cornea for transplantation.”
「さらに研究がすすめば、この手術(手法)は移植手術のために提供される角膜を待っている何百万という人たちが視力を取り戻すのに役立つでしょう」
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by attainmentofall8 | 2010-11-24 22:05 | 映画/落語/芸能

442日系部隊

映画「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」をみた。
新宿のK’sシネマという初めての映画館だったが、永六輔さんが隣に座ったのは驚いた。

第二次世界大戦中に、日系二世で編成されたのがアメリカ陸軍442連隊。真珠湾の奇襲攻撃をうけてアメリカ本土の二世たちは家族とともに強制収容所に送られる。すさまじい排日による差別と偏見という逆境の中で二世の息子たちは強制収容所から兵役への道を選び戦地へと向かうのである。

家族を守るために、祖国アメリカに忠誠を誓うために、また自分たちの存在価値を認めさせるために彼らは、戦場で勇猛果敢に戦い散っていく。そしてアメリカ軍史上最も多くの勲章を受け、アメリカに忠誠な市民として証明してみせた。終戦後はトルーマン大統領自身自ら、生還者を出迎え賛辞をおくったくらいである。

日系二世部隊の合言葉は、Go For Broke(当たって砕けろ!)。ヨーロッパ戦線ではファシズムと戦った勇敢な最強の兵士たちとして今でも語り草になっている。日系人強制収容所から出征した兵士たちが、ユダヤ人強制収容所を開放したという事実はほとんど知られていないが、歴史に名をとどめてはいる。

80代後半から90代の元兵士の証言は、涙なしには見られなかった。アメリカへの忠誠と愛国心、敵性国民に指定された人種差別への怒りといったアンビバレントな感情を蔵しつつも、血脈として流れている武士道、大和魂を発揮して、結果的に日系人の地位向上に多大な貢献をする。
さらにフランスやヨーロッパ諸国では、ナチスドイツから解放してくれたヒーローとして現在でも語り継がれているという。

現在、内外で体たらくのイメージがある日本人ではあるが、この映画でかつてこのような日本人がいたのかと少し誇らしい気分になった。
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by attainmentofall8 | 2010-11-23 21:56 | 映画/落語/芸能

親鸞と道元

先日のブログで書いた「親鸞」の著者五木寛之氏と、立松和平氏の対談本「親鸞と道元」を読んだ。立松氏は「道元禅師」で2007年度の泉鏡花賞、08年度親鸞賞を受賞した曹洞宗には造詣の深い修行を実践されていた作家である。

親鸞と道元は一見噛み合うところがないような対照的な開祖であるが、対談の中で宗教の根本のところで二人の思想に被るところが見いだされてくる。

もともとこの二人の対談は期限を決めずに自由対談形式で始まったらしいが、立松和平氏の今年二月の逝去で中途で終わってしまったのを一冊にまとめたものだという。

親鸞も道元も比叡山で勉学と修行に励んだ後、途中で山を下りている。

道元は「人は生まれながらに仏である、仏性を持つ」という天台宗の根本の本覚思想について、修行中に重大な疑義を持ってしまう。全てのものに最初から仏性があるなら、改めて厳しい修行をする必要があるのだろうかという疑義である。

親鸞は、どんなに厳しい修行をしても仏に会えない、煩悩を断ち切ることができない、逆に煩悩に苦しめられる、なぜだろうという疑義をもつ。

結局二人とも山を下りてから、代表的な著書(親鸞の「教行信証」、道元の「正法眼蔵」)をものにする。
二人の共通点を五木氏は、親鸞以前の宗教が国家宗教ないしは集団の信心だったものを、個人の宗教として確立したと指摘している。さらに親鸞の最大の功績は、庶民大衆の中の一人ひとり、個々の個人の「個の自覚」を切り開いたという点だとしている。

確かに阿弥陀如来信仰には「我一人のため」という発想があり、親鸞は個人の自我を確立したといえる。立松氏は、鈴木大拙の言葉を借りて、日本に仏教が根付いたのは、浄土真宗と禅があったからと指摘をしている。

しかし多分に誇張もあるように思う。末法の時代に生まれた鎌倉新仏教によって、それまで救済の対象にすらなっていなかった下々の一般庶民の心の中に仏教が浸透するようになった、と言った方が語弊がないかもしれない。
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by attainmentofall8 | 2010-11-22 23:55 | 読書
全国高専ロボットコンテスト(ロボコン)2010観戦記(両国国技館にて)

全国高専ロボコンは今年で23年目だそうで、全国の高専学生が毎年変わる競技課題に対して知恵を絞ってロボットを製作し、競技を通してその成果を競う大会である。合言葉は、発想力と独創力。

全国大会の前に地区大会があり全国高専57校62キャンパスから2チームずつ124チームが競い合い、最終的に25チームが全国大会に出場するという。

今年のロボコンの課題は、「激走!ロボ力車」。二足歩行ロボットのスピードを競った後、学生が乗る乗り物と連結して走り、ゴール直前つるされた鍵穴に鍵を差し込むというもの。スピード・パワー・オペレーション能力が試される。

一回戦からいろいろなロボットが登場して楽しませてくれたが、二足歩行をみれば勝てるかどうか、勝ち抜いていけるかどうかがすぐわかる。ひいきの鹿児島高専のロボットは九州大会で優勝しただけあって初戦から俊敏な動きでこれはいけるのではと直感した。22秒の最短時間でゴールした時は優勝を確信した。途中でハプニングはあったが順当に勝ち進み優勝。一頭抜きんでた優勝という感じだった。

同じようなパターンでよく20数年も続いてきたものだと思う。更なるレベルアップのために何かが求められているように感じた。大学のロボットを特別参加させるとか、高専VS大学ロボコンとか、あるいはもっと純粋にロボットの機能を競うエクスィビションのようなものがあったらいいと思う。たとえば、卵を割らないでつかむ競技、ジャンプ力を試す競技、バスケのシュートをさせてみるとかがあればもっと楽しいだろう。

それにしても初めての観戦で応援していた鹿児島高専が優勝できてうれしい限りだ。

しかし国技館の寒いのには閉口した。熱気で暑いのではと思い薄着をしていったのがあだになった。暖房もない冷蔵庫のような会場だった。(笑)それにフラッシュを使って撮影してはいけないと掲示がある。観客席は薄暗いのにこれじゃ写真撮れない・・・。
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by attainmentofall8 | 2010-11-21 21:43 | 雑感