日々の雑感


by さむちゃん
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今期は当たり?!

毎学期、初回授業前は「今期の学生はどんな学生達かな…」とワクワクしながら授業に臨むのが常だ。
今年度は前期も当たりだったが後期もいい学生が集まってくれたという印象を受けた。

教師も人の子、いい学生と巡り合えて波長が合ったと思える時って配布するプリント類も変わってくる。枚数もそうだが授業の丁寧さを表すようなプリントが加わったらその教師はやる気全開モードといえる。逆のパターンって僕はあまり経験したことはないが、学びモードになっていない学生の場合いろいろプリント類あげても結局見ないから無駄になるという意識が働くから手間ひまかけて作らないという悪循環になる。

他の科目・学問も同じだろうが、語学は特に一日二日で成果があがるというものではない。地道に二か月三か月続けているうちにほのかな明かりが遠くのほうにポッと灯るようなものである。継続が大事。よく語学上達のコツとして暗記・根気・年期の3きが大切だと言われるゆえんである。

科学英語に関しては、専門知識や背景知識を下手に知っているがためにファジーな読み方になってしまう人もいる。文法、語法、構文等をじっくり考えながら正確に訳す練習を今のうちにしておけば後あと楽。急がば回れだ。小説家志望者が好きな作家の小説を全部書き写す修行をするのに似ている。何かうまくなろうとか得意になろうとか考えたら、一時期苦行にも似たことをしなければならない。まして人よりちょっと秀でようと思えばなおさらだ。

黙読するだけと音読するのと書き写すのが同じだと考える人がいたら、試しにやってみて違いを実感するのが近道だろう。理解の深まり方が全く違う。

とにかく僕は今期の目標を、学生の授業満足度をマキシマムすることにした。
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by attainmentofall8 | 2010-09-29 21:28 | 雑感
きょうの夕刊によると、アメリカ女優のグロリア・スチュアートが亡くなったそうだ。

映画タイタニックは、沈没したタイタニック号から奇跡的に生還したおばあさんが愛の物語を語るシーンから始まる。沈没時が1912年で映画の公開が1997年だから85年経っている。当時16歳の少女が85年目にして101歳で当時の惨状と愛の物語を聞かせるという設定になっていた。その101歳のおばあさん役で出ていた当時87歳の女優がグロリア・スチュアートである。

正直なところ少女役のケイト・ウインスレットや恋人役のレオナルド・ディカプリオには注目していたと思うが、おばあさん役は何という名前の女優かなど考えてもみなかった。言われてみてああと言うくらいである。しかしながら、彼女は最高齢でアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたのである。

猫も杓子も観た映画といえる「タイタニック」は映画史上最高興行収益を上げた作品だった。ジェームズキャメロン監督は同じく自分が監督した作品「アバタ―」でその興行収益を抜くまでギネス記録だったのだ。主題歌もよかった。セリーヌ・ディオンの”My heart will go on” は僕も年甲斐もなく覚えた記憶がある。今はもう忘れた(笑)。

グロリアが100歳で亡くなったというのはもうあの映画から13年も経ったことになる。アメリカ人女優にしては長寿のほうだろう。101歳でタイタニックのことを語ったから自分も101歳まで生きなければという潜在意識が働いていたのではないだろうか。

これはよく聞く話だが、病気で自分の誕生日あるいは愛する人の誕生日前に亡くなる人は少ないそうだ。過ぎるとガクンとなるのか死亡率が上がるという。目標や心の支えがあれば人の寿命は伸ばせるものだということになる。

話は変わるが、タイタニック号を引き上げたのは海洋探検家のロバート・バラードである。1985年9月1日に北大西洋の水深約3500メートルに沈んでいたタイタニックを発見する。彼は次のように回想している。彼のチームが初めてタイタニック号の姿を見たとき小躍りするような大変な喜び方で祝福したという。ところが午前2時に誰かが「20分後にタイタニックが沈む」と言ったそうだ。タイタニック号が沈没したのは午前2時20分であったことを思い出し、誰かの墓の上で大喜びしていたことを自覚し深く反省し、船尾で儀式を行い祈りをささげたという。発見当時の思い出として、祝福と後悔・内省が交錯する感情を経験したそうだ。

その後、彼のチームは中世の難破船や第二次世界大戦中に沈んだ戦艦などを次々と発見している。
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by attainmentofall8 | 2010-09-28 23:31 | 映画/落語/芸能

日中関係緊張

中国との関係が緊張してきている。もちろん先の尖閣諸島における中国漁船と日本の巡視艇との衝突事故で中国人船長が拘束されたことに端を発している。先日船長は釈放され中国から迎えに来たチャーター機で帰国した。

ところが引き換えに釈放されると思っていた日本のフジタ社員4名の解放は未だ実現していない。しかも中国政府は日本に賠償と謝罪を求めているのである。当の船長はVサインをして、また拿捕された海域で操業したいと言っていると伝えられている。

船長釈放後、中国は軟化すると思っていた日本人は多いと思う。しかし今日のニュースによれば、京都旅行を計画していた中国人700名のツアーがキャンセルされたそうだ。中国の繰り出してくるカードは日本経済、観光業界に大きな影響を与えつつあるようにみえる。逆に日本は打つ手なしといった感じだ。仙石官房長官から「中国側に追突された巡視艇の修理費を請求する」と言うくらいしか手持ちのカードがない手詰まり状態だ。

船長釈放に関して、釈放すべきではなかったという意見も多い。日本の体たらくな外交、政権与党の外交音痴を非難する声が高まっている。

今回いろいろなシナリオが考えられたと思う。強硬派の言うように、仮に釈放しないでいたなら今よりもっと強硬な報復を次々と繰り出してきただろう。日本にはそれを受ける覚悟があっただろうか。遅かれ早かれ圧力に屈して、なぜもっと早く釈放しなかったといったことになっていなかっただろうか。

結局現時点では中国側のだすカードに日本はなすすべがない状態に見える。さらに中国はアメリカに圧力をかけるという究極の手も持ち合わせている。実際それを今回使ったかわからないが、残念ながら圧倒的に中国側のカードの多さと多彩さが優れているように思う。

経済や観光のみならず人的交流でも日中は撚った縄のように複雑に依存し合っているという事実がある。そのためこちらを立てればあちらが立たずということで、今回のように経済界や各方面の、日本国内の圧力を恐れる圧力に負けたともいえる。逆に中国は日本一国を切っても痛くもかゆくもないという自信がこのような強硬な報復措置を繰り出させているのかもしれない。もっとも領土・領海に対する覚悟のほどが違う。

結局、日本のその場しのぎの外交が積もり積もって噴出している面もある。長期的視点に立ってさまざまなシナリオを想定してことが起こる前に未然に防ぐ手立てをするとか、いざことが起こったら法と正義にのっとって貫く姿勢がほしい。そのための外交的危機管理が必要だろう。門外漢が傍観してもそう思うのになぜできないのか不思議だ。

実際今回の事件は、日本側は法にのっとって粛々と進めているところに、ある面法治国家でないまた民主主義国家でもない国がごり押ししてきたと言えなくもない。それだけに、今回あのタイミングでの船長釈放以外にどんなシナリオなら日本は優位に立てたのか建設的な意見がほしい。感情的な中国批判でなく建設的互恵関係におけるゲームとしての外交を考えた意見を出したうえでの中国批判が聞いてみたい。
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by attainmentofall8 | 2010-09-27 21:05 | 政治/経済

出家とその弟子

倉田百三著「出家とその弟子」のクライマックス、親鸞聖人の臨終に善鸞が駆け付けたところまで読み進めたところで、ラジオから「宗教の時間」のメロディーが流れてきた。「生死(しょうじ)をみつめる」という題で大阪のあるお寺の住職が話をするという。何というグッドタイミングだろう。

生死とは迷いのこと。生とはいのち、生きていること。死とは命の終わり。生死の迷いを越えるところに仏教の教えがあり、生死解脱(げだつ)の道をさぐることはとりもなおさず煩悩具足の凡夫が必ず仏になるという無量寿の本願を自覚することでもある。

人間として避けられえぬ「死を前提にして生きる」ことを考えるところに、真実性としての仏法の出発点がある。仏教の本来の役目は、生老病死の身である人間に死を自覚させることである。

人生は旅そのものである。つまり帰る世界がある。信心の深浅、長短にかかわらず南無阿弥陀仏と称名するだけで、阿弥陀様が一人残らず掬いとって浄土に帰してくださる。
ざっとこんな話であった。

1917年に倉田百三によって書かれた「出家とその弟子」。この戯曲によって倉田は作家としての名声をほしいままにする。史実と違って人物に多少脚色があるが、全体通して親鸞聖人の教えと人柄を余すところなく伝えている。

常陸の国を旅している途中で吹雪にあい一夜の宿を所望する場面がある。断られるどころか杖でたたかれ追われてしまう。しかしながら親鸞聖人は恨むどころか伴の弟子僧をなだめて、赦してしまう。

弟子の唯円が遊女と恋に落ちてお寺から放逐されそうになった時も、親鸞は老僧を諭して赦しを与える。そして唯円には「お前の恋のまどかなれかしと祈る」というのである。

まさに生ける仏陀としての聖人親鸞の、寛大さと万人に対する開かれた心が描ききれているのである。勘当した息子の善鸞が臨終の枕もとで親鸞聖人から「お前は仏様を信じるか」と問われる。善鸞は「・・・・わかりません。・・・・きめられません」。一瞬苦悶の表情を浮かべた親鸞、やがて柔和な表情に返り「それでよいのじゃ。みな助かっているのじゃ・・・善い、調和した世界じゃ」と言うのである。

仏陀の慈悲は、信仰の不足や魂のみじめさを、優しく包んでくれる。慈愛が、相違・不協和音を最も美しい調和へ昇華させたのである。
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by attainmentofall8 | 2010-09-26 23:49 | 読書

遺伝子操作した鮭誕生

そろそろ夏休みも終わり大学の後期の授業が来週から始まる。秋は学園祭などの行事が多くてほとんどの大学で15回の授業はこなせないのではないだろうか。文部省の通達に忠実に、土曜・日曜日まで真面目に授業を組んでいる大学もあると聞く。
教える側からいえば、高校じゃないんだから何もそんなにしゃかりきにならなくても・・・という感じがするが、宣伝を兼ねたアピールなのだろう。しかしお上のお達しだから、水戸黄門の印籠みたいに有り難く押し戴く大学があるかもしれない。(笑)

僕が学生のころは、半期で10回授業があるかないかで、かといって授業料の返還運動が起きるようなこともない実にのんびりした時代だった。

何はともあれ今回は科学英語に戻ってみよう。
遺伝子操作して二倍のスピードで成長する鮭がアメリカで開発された記事が新聞にでていた。タイトルがFish or Frankenfish?(本物の魚?それとも得体のしれない魚?)

Genetically engineered salmon that grows twice as fast as the conventional fish appears to be safe, an advisory committee has told the U.S. Food and Drug Administration. But they argued that more testing may be needed before it is served on the nation’s dinner table.
通常の二倍のスピードで成長する遺伝子操作した鮭が食用として安全と考えられると、諮問委員会がアメリカFDA(アメリカ食品医薬局)に上申した。しかし食卓に上るまでにはさらに試験をすることが必要だと述べた。

If the FDA approves the sale of the salmon, it will be the first time the U.S. government allows such modified animals to be marketed for human consumption. The panel was convened by the agency to look at the science of the fish and make recommendations on its safety and environmental impact.
FDAがこの鮭を認可すれば、このような生き物が食卓に上るのをアメリカ政府が認可する初めての事例になるだろう。FDAによって委員会が招集され、この魚の詳細について知り安全性と環境への影響に関して答申をするよう求めていた。
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この遺伝子組み換え鮭を開発したアクアバウンティー・テクノロジーズ社は、1995年に最初の認可申請を出していたが保留にされて、やっと二年前になって腰を上げたそうだ。これはバイオ技術産業界にとっては突破口になる動きとみられている。
この鮭は遺伝子組み換えであってクローン鮭ではないという。望ましい性質を生み出せるように遺伝子を変えたものである。
具体的には、成長ホルモンは通常は一時期にしか出ないのを、ずっと出っ放しになるような遺伝子を組み込んで作るのだそうだ。
(The Daily Yomiuri)
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by attainmentofall8 | 2010-09-25 21:32 | 科学英語

中国人船長釈放

尖閣諸島における中国漁船と日本の巡視艇の衝突をめぐり、拘束中の中国人船長の釈放を那覇地検が決めたという報道があった。仙石官房長官は「了としている」と述べた。中国はチャーター機を飛ばして船長を迎えに行くという。

今回の釈放の是非は抜きにして、今回の中国政府の迅速な対応には恐れ入った。恫喝だとかいう評論家もいる。たしかに報復を繰り出すことで日本の譲歩を引き出そうとしたのは恫喝と表現しても誇張ではないだろう。ゼネコンのフジタ社員4名が不法に軍事施設をビデオ撮影したというかどで拘束されたというニュースがとどめになって、日本政府は船長の釈放を決めたのだろう。

作家の塩野七生さんは「日本人へ リーダー編」の中で、外政(外交)とは武器を使わない戦争でもある、と書いている。今回の漁船衝突事故は単なる領海侵犯問題だけでなく、領土問題、覇権問題がからんだある意味戦争であったと思う。

自国民が他国に拘束されたらこうして取り戻すんだという見本を今回中国は我々日本に教えてくれた。北朝鮮に拘束されたままの日本人のことを思うと、日本政府は何をやっているんだと歯がゆい思いがする。前にも書いたが日本の領土で女子中学生が他国に拉致されても何もできないで手をこまねいている国なんて世界広しといえども日本くらいではないか。

軍隊を結集してでも連れ戻すという決意のない政府とはいったい何なのだろう。総連から献金もらっているからできないなんて聞こえてきそうだが、開いた口がふさがらない。この国の政治家はどうなっているのか?
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by attainmentofall8 | 2010-09-24 19:25 | 政治/経済

吉田松陰生誕180年

今年は吉田松陰生誕180年にあたるそうだ。満29歳で密航のかどで処刑されたので明治維新に直接貢献したわけではないが、松下村塾で松陰が教えた弟子たちが明治維新以降の日本を牽引していったのは間違いない。高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎などのそうそうたる維新期の人材を輩出した。昨年山口の萩を訪ねた折、松陰神社境内に保存されている松下村塾を見てきたが、松陰の塾生に対する謙虚で真摯な姿勢には、同じ教師の端くれとして感銘を受けたことを思い出す。

松陰は、学問をすることに対する基本の考え、姿勢を説いているだけでなく人間として生きる目的を伝えている。実践の学問である。しかも「ご勉強なされい」という言葉に象徴されるように、上から目線ではなく塾生を一人の人間として扱っている。松陰が慕われ未だに多くの人々の敬意を集めている理由かもしれない。

昔、予備校時代によく耳にした、「教師たる者五者であれ」という言葉を思い出す。五者とは学者、易者、芸者、役者、医者のことである。これはある意味学びの意欲の少ない生徒を前提にして、教師がいかに生徒を鼓舞・発奮させるかを考えるエンターテイナーとしての教師像だ。吉田松陰の時代の師弟の関係は小賢しこいことをしなくても学びの姿勢が教える情熱に勝るとも劣らぬ時代だったと思う。国家のために己の学問をどう生かすかということが明確にされていればこそ、学びのエネルギーは半端ではなく高まっていたはずだ。

松陰の名言集より、
「学問をする眼目は自己を磨き自己を確立することにある」
「国家とともにという志がなければ人ではない」
「意気盛んならば天下に難事なし」
若者を鼓舞する天才ではないかと思う。教育者としての松陰から学ぶべき点は多い。
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by attainmentofall8 | 2010-09-24 07:50 | 歴史

尖閣衝突

沖縄県石垣市にある尖閣諸島沖の日本領海内(東シナ海)で、海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した事件があった。船長が拘束されたままであることをうけ中国政府は報復措置を次々と繰り出している。

国連総会における日中首脳会談が見送りになっただけでなく、民間レベルの交流もキャンセルが相次いでいる。強硬な手段にでれば日本側が折れて船長を無条件で解放するとでも思っている節がある。

報道によれば中国漁船が巡視船に追突してくるところをビデオに撮影してあるそうだ。公務執行妨害容疑で逮捕された船長は、当然日本の法律によって手続を進められるべきであるというのは当然だ。捜査と外交は別だから日本が経済面を意識しすぎて圧力に屈した形になってほしくない。

それにしても中国という国は、一党独裁の社会主義国家というのを考慮しても、反日のデモをするそぶりを見せたり、サイバーテロみたいなものがあったり、民間の親善交流までドタキャンしたりもうやりたい放題という感じだ。

一方日本の対応はと言えば、怒れる中国をなだめるような余裕の雰囲気がある。日本にいる中国人に危害を加えるのでもなければ、中国製品をボイコットするでもなく至って冷静と言える。最近住まいの近くに中国人の経営する中華料理屋が開店したが500円のランチが人気だ。ある中年の女性客など「このお値段でこんなおいしいランチをいただいて…」なんて言いながらべた褒めしていた。こういったところは、日本人の奥ゆかしさでいいところだ。自慢したい。

領土問題が絡んだ外交問題であればきちんと外交で問題の打開に向けて話を続けていけばいいのではないか。下手な報復措置を繰り出して日本を恫喝しても無駄だ。むしろ日本の保守派を刺激してしまい逆効果になるだろう。
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by attainmentofall8 | 2010-09-22 20:44 | 政治/経済

司法取引(plea bargaining)

アメリカでパリス・ヒルトンという有名タレントがコカイン所持でラスベガス警察に逮捕されたのは8月下旬であった。当初、「ガムだと思っていた」などといい加減な言い逃れをしていた。本日の夕刊新聞の報道によれば、司法取引に応じて有罪を認め実刑を免れたそうだ。執行猶予つきの禁固一年、社会奉仕活動200時間、罰金2000ドルがラスベガスの州地裁で言い渡された。

このアメリカ特有の司法取引だが、被告人が有罪を認める代わりに,検察官が犯罪の一部を不問に付すなどして通常より大幅に軽い刑を求刑し,裁判官は有罪無罪の審理を開くことなく有罪判決を言い渡すというものである。刑事事件が多いアメリカでは起訴された刑事事件の約8割が司法取引で終結していると言われている。

日本でも2009年9月に鳩山内閣時に中井洽国家公安委員長が導入を検討すると語ったことがある。すでに導入された陪審員制度と並んで司法の世界もアメリカ化が進んでいるようだ。

司法取引は,裁判所にとって時間と労力をほとんど費やすことなく事件を処理できるというメリットがある制度である反面、無実の被告人が取引を受け入れて有罪になるという危険性もある。

先般郵便不正事件に関して大阪地検特捜部が押収データを改ざんして、検察側の筋書き通りに事実関係を変えたと報道されている。当の村木元局長は幸いに無罪になったが検察の横暴を非難する声は日増しに高まっている。

日本がアメリカ式の制度を導入する際に注意したいのは、制度そのものだけにスポットを当てるのではなくて背景と文化を十分に検討するべきだろう。たとえば、司法取引を行う被告人は日本と違い弁護士の立会いの下に行われるそうだ。密室で拷問さながらで行われる日本式の取り調べとは違うらしい。

さらには日本と違いキリスト教に基づく宣誓が大変な重みをもつ。キリスト教の神への誓いとは比べ物にならないくらい、「天網恢恢疎にして漏らさず」「おてんとうさまが見てござる」的な宗教的重しは軽いのではなかろうか。さらにアメリカ人の白黒をはっきりさせたがる国民性と、玉虫色・グレーゾーンで決着させたがる日本人との違いもある。そのような文化で根付くのか疑問だ。

あなたは真実すべての真実そして真実のみを話すことを神に誓いますか?
Do you swear to tell the truth, the whole truth, and nothing but the truth,
so help you God?

今後、司法取引の導入が検討されるにあたって,どのように議論が展開されていくのか、注目したいところである。
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by attainmentofall8 | 2010-09-21 23:03 | 政治/経済

千本松原

1754年宝暦4年に薩摩藩は幕府の命を受け、「お手伝い普請」という形で、木曾・長良・揖斐の3川治水工事をおこなうことになる。

薩摩藩は家老の平田靭負を総奉行にして千人以上の藩士を伴って工事にあたる。
岸武雄著「千本松原」によれば、
薩摩藩に対する藩財政の弱体化を狙った幕府側の意図があるも、「美濃の国の百姓は、我々薩摩の国にとっては、えんもゆかりもないように見えるが、考えてみれば同じ日本の人間、いわば兄弟のようなもの。その兄弟が長い間苦しんでいると聞くからには、いのちをかけて助けるのが薩摩武士の本分ではござらぬか。」と言って平田靭負は難工事を受けることをすすめたそうだ。

難工事はなんとか完成するも、最初の見積もりの三倍近い40万両という莫大な金を使い藩に借金を作ってしまう。さらに34人の家来が幕府の役人との軋轢や庄屋や役人を目覚めさせるためなどから次々に切腹をする。また33人を病気で亡くしてしまう。総奉行である平田は責任を一身に受けて、工事完了を見届けて腹を切る。涙なしには語れない悲話である。

この話は作家杉本苑子が直木賞をとった「孤愁の岸」にも語られている。現在でも美濃の人々は宝暦の治水のお陰を受けたことを感謝しているという。千本松原という当時植林された松の木が立ち並ぶ県立自然公園がある。その北端に治水神社があり、平田靭負をはじめとして工事の犠牲者多数が祀られている。

「住みなれし里も今さら名残にて立ちぞわずらふ美濃の大牧」平田靭負の辞世の句である。一度行ってみたい場所の一つだ。
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by attainmentofall8 | 2010-09-21 00:22 | 雑感