日々の雑感


by さむちゃん
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野菜の日831

今日は夏休み最後の日。 算術の少年しのび泣けり夏 西東三鬼

たっぷりため込んだ宿題にため息をもらしている少年少女が多いのではないだろうか。ここでやりきれるかどうかも大事だ。やりきれずに始業式に臨むか、今夜徹夜してでもやりおおせるか大きな違いが将来生じると思う。楽しいことの後には必ず苦があることを身を以て味わういい機会だ。

苦楽は表裏一体である。苦しい時は遠方にほの見える明かりを希望の支えにすればいいし、楽しているときは苦の到来を予測して心の準備ができる。

最終日まで持ち込んだ勇気を称えたい。そんな度胸があるのなら要領もほかの人よりいいはずだ。その要領で今夜は何とか乗り切ってほしい。

8月31日は「野菜の日」だそうだ。831はヤサイと読める。野菜の消費向上と啓蒙にあるのだろう。一般的に小さい子供や若い人たちは野菜嫌いが多い。人間が雑食性の動物である以上、野菜不足がホルモンバランスの乱れを引き起こし、病気や切れるといった行動異常に表れてくるというのは当然だろう。サラダを喜んで食べられる子供ってそんなにいないと思うが、親のひと工夫で野菜を摂取することは可能だ。みじん切りにしたりペースト状にしてほかの肉料理などに混ぜるとか、ジュースにして味を調整するなどいろいろあるだろう。
親の工夫と、親自身が野菜好きになることで子供は自然に食べるようになるものだ。子供の頭を良くしようと思ったらバランスのいい食事である。

ネット上でスマートドラッグ通称「スマドラ」と呼ばれる脳の神経を刺激したり、脳内血流を増やしたりして頭をよくする薬が違法に売買されているそうだ。とくにリタニンは依存性が高くて危険と言われている。むかしコーヒーのカフェインが、飲みなれない子供にはちょっとした刺激になるので、受験直前に飲ませると実力以上の力が出るという噂があったが、リタニンに比べればかわいいものだ。

頭をよくするにはバランスのいい食事につきるようだ。
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by attainmentofall8 | 2010-08-31 19:05 |

新卒採用?!

政府の「新卒者雇用・特命チーム」がまとめた支援策の概要が明らかにされた。それによれば、卒業後3年以内の既卒者も新卒として採用する企業に奨励金を新たに支給するという内容が盛り込まれている。

新卒者という考え方はそもそも企業が社内で人材育成ができる体力があった当時の遺物である。今のように派遣社員やアルバイトを雇用調整に使っている時代によくもそんなことを言っていられるなと思う。
大学生は資格、資格でダブルスクール通いをしている現状である。資格があるからといって即戦力になるとは思わないが、持っていないよりは学生の潜在力をみてもらえるという面がある。さらに企業側は負担は少なくなり採用者の見極めもしやすくなる。

日本がしだいにアメリカ型の労働慣行に推移しているとするならば、新卒者という概念自体がやがてなくなってくるのではないか。在米中にアメリカ式のレジュメ(履歴書)を見て驚いたことがある。写真もなし。年齢欄なし。何ができるか、どんな貢献をできるかのみを知る履歴書である。もちろん人種問題を抱えたアメリカの特殊事情もあって単純な日米の比較はできないだろう。60年代後半から70年代の初めの高度経済成長の時代に、まさか日本が派遣社員やアルバイトを採用し景気の悪い時にレイオフするなど誰が想像しただろうか。遠い海の向こうのアメリカやヨーロッパの話と受け取っていなかっただろうか。

日本は歴史を振り返れば統一国家ではあったが、藩という国が群雄割拠してしのぎを削り独自の文化を発展させて全体としてレベルの高い国家に仕上がっていったといえる。それが戦後は企業が藩の役目を担っていたのである。だから日本的に言えば、アメリカ型の労働慣行を採用するなど想像すらできなかった。そういう意味では、日本人としての企業倫理はどうなっているのだと叫びたいくらいだ。

山一證券が倒産したとき、当時の社長は泣いて社員の受け入れを嘆願した。まさにあれが日本型の雇用者と被雇用者の関係であったわけだ。家族同然である。今はそのような縛りがなくなって単なる経営者と労働者という冷たい関係になってしまったように思う。それを国際化といって世間は容認しているが従来の日本の企業の在り方ではないはずだ。

企業が国際化を進めるのであれば、採用時における新卒者一括採用といった日本的悪しき慣行も変えるべきではないか。都合のいい部分だけは残して国際化といっても、採用される側の学生はかわいそうだ。
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by attainmentofall8 | 2010-08-30 23:24 | 雑感

週刊新潮「食卓日記」

週刊新潮(9月2日号)の食卓日記にカンジヤマ・マイムが出ている。この欄は著名人の1週間の食事をチェックして管理栄養士が採点をするというものである。

彼は有名なパントマイミストで、僕もよく知っている友人である。身長186センチ、体重77キロと大柄で、とにかくパワフルで食事も豪快である。身体芸であるパントマイムを33年もやっているから、体が資本だということを実感しているからだろう。一方で食事に気を使っている様子がうかがえる。毎日5時間睡眠でよくやれているなと感心する。

この食卓日記の中で面白い逸話がでている。以前、直接聞いて大笑いしたことがあったが改めて読むとなるほどと思う。彼が滞米中に尿路結石で地獄の苦しみを味わった体験談である。
医者から言われたそうだ。「人生には、出産と尿路結石という2つの最悪の痛みがある。違いは、出産は我が子を見て至福の喜びに痛みを忘れるが、尿路結石は出てきた結石をみて虚しさに暮れる」

確かに結石がポロンとでてきたら安堵はするだろうが、わが身の分身が出てきた喜びと比べれば月とスッポンだろう。(笑)幸いに僕は結石の経験はないが、その痛さと言ったらたとえようがないくらいだとか…。水を大量に補給して結石を作らないようにするしかない。
出産の痛みなど男性には想像すらできないが、キャッチャーがボールを取り損ねて股間に当たった痛みが、男性が経験できる出産の痛みに近いものだそうだ。しかし出産の痛みに比べれば瞬間的痛みだから大したことはないのかもしれない。

今回の食卓日記の採点・アドバイスを管理栄養士の荒牧麻子さんがしている。81点だそうだ。塩分過剰が減点の対象になったように推察されるが、「アドバイス」であるならもっと具体的にどういう食事がさらに望まれるのかを書いてくれてもよさそうに思う。人の食事をのぞき見するコーナーからさらに一歩グレードアップするには、得点アップのための具体的なアドバイスがほしいと思った。似たような食事をしている読者の参考になるだろうから。
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by attainmentofall8 | 2010-08-29 23:21 |

輪廻転生

「花」喜納昌吉作詞作曲は、美輪明宏に言わせれば輪廻転生の歌だそうだ。

川は流れてどこどこ行くの
人も流れてどこどこ行くの
そんな流れがつくころには
花として花として咲かせてあげたい
泣きなさい笑いなさい
花を咲かそうよ

生まれ変わり死に変わりする永遠の生命のことを輪廻転生というが、特殊な人を除いて前世のことを記憶している人はいない。しかし、前世で行った善悪の行為は報いとなって現世に現れ出るという。つまり現世の受け入れ方の幅を広くしてくれるのが輪廻転生説の最大のメリットだろうか。家柄・美醜・身体的特徴などは変えられないが来世で変わりうると考えることで、現世の苦を最小限にして夢を持てる。

功徳を積むことで来世を約束される。現世は重荷を背負いて遠き道をゆくがごとしであっても、「泣きなさい・笑いなさい」そして来世で「花を咲かそうよ」という解釈になるだろうか。
でも現世で花が咲かせられるものなら咲かせたい…
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by attainmentofall8 | 2010-08-29 00:25 | 雑感

自国民救出


カーター米元大統領が北朝鮮に乗り込み、アメリカ人アイジャン・ゴメス氏を救出した。ゴメス氏は不法入国で服役中のところを特赦で出国を許可されたものである。カーター氏は、金正日には会えなかったもののNo2の金永南(キム・ヨンナム)や朴宜春(バク・ウィチュン)外相と会談し朝鮮半島の非核化と6カ国協議再開にコミットしているという発言を引き出した。

去年、ビル・クリントン元大統領がアメリカ人テレビ記者の女性二人を救出したのを思いだした。

いずれも現地の法律に違反したアメリカ人を二人の元大統領がわざわざ米空軍機を使って、自国民を人道上の見地から救出に出かけた話である。アメリカには国外に拘束されているアメリカ人が3千人近くいるそうだ。そのほとんどが薬物に関係して服役しているらしい。
その中で、今回のアイジャン・ゴメス氏が救出されたのは、国際政治上の思惑があるとはいえ、人権問題に大変熱心なアメリカの面目躍如たる人道的ミッションと言える。

北朝鮮側から見れば、大国アメリカと差しで話しができるチャンスでありかなりの実利を得たものと思われる。巧みな老獪な外交といえる。これは昨日今日に始まった手口ではないだろう。日本人を拉致した時代からずっと続いてきたやり方だと思う。

北朝鮮は日本で拉致問題が表面化する前から裏で交渉を要求していたのではないだろうか。日本が本当に人権を大事に考える国ならばとっくの昔に当時の総理大臣、元総理大臣が乗り込んで拉致者を連れ帰っていたかもしれない。戦前の問題・戦中の問題は別問題。日本国内で日本人を堂々と拉致するなど許せないとか何とか言って国を挙げて連れ戻すべきだったんじゃなかろうか。その時の断固とした政治的決意・意志が薄弱だったとしか思えない。

小泉総理の時何人かは連れ戻したものの残りは未だに解決していない。ずるずるやっている場合ではないと思う。世論の高まりを期待して元スパイの金賢姫を日本招待したと中井国家公安委員長は言っていたが、もっと毅然と連れ戻すという意思表示ができないものか・・・菅総理にしてもそうだ。
アメリカ人救出報道に際して、ごまめの歯ぎしりだが偽りのない日本人としての気持ちだ。
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by attainmentofall8 | 2010-08-27 23:25 | 政治/経済

小沢氏出馬表明

小沢一郎前幹事長が、九月の民主党代表選に立候補することを表明した。

今月7日に習志野で行われた講演で橋本五郎氏は、「小沢氏はよもや出ることはないだろうし、出てほしくない」という厳しいコメントをされたのを思いだす。
政界ではよく不可解なことが起こるが、逆に岡目八目で素人の一般市民のほうの見立てが全然見当外れではないだろうと思うのでちょっと書いてみたい。

権力の源泉が何かと考えるとき、田中角栄・金丸信の直系である小沢一郎にすれば金だろう。幹事長当時、すべてを一手に掌握していたのが菅総理の誕生で全部なくなってしまったのである。そして、枝野幹事長と小宮山洋子党財務委員長に金庫を押さえられ蚊帳の外に追いやられてしまったということである。菅首相は小沢も鳩山も政治と金の問題でしばらくは浮上してこないだろうと高をくくっていた節がある。

小沢氏は出馬の大義名分を、菅首相が挙党体制のための要職起用に慎重な姿勢を示したからという。約150人のグループを率いる小沢氏の処遇のまずさにあったことはまちがいないだろう。沢菅内閣と言われようが実力者の小沢氏を幹事長職に戻してでも党内融和を図ったほうがよかったのではないか。

昔、田中角栄が全盛をきわめている頃、中曽根康弘首相は田中曽根内閣と揶揄されながらも、田中氏の力をうまく使い5年に及ぶ長期政権を維持したのである。当時金権政治の権化みたいな田中氏に対して世論やマスコミは猛烈な批判を繰り広げていた中で見事な人心掌握術だった。

翻って菅首相は就任時に中曽根氏に意見を求めて挨拶に行ったと伝えられているが、中曽根氏ほどの手練手管、権謀術数はなさそうだ。権力闘争の場である政治で清廉潔白だけではつとまらないというのは、火を見るより明らかなのに。数か月で首相の首を挿げ替えられても困るのは国民の側だ。

代表選で菅氏がOUT-OZAWA(小沢氏を凌ぐ)でどのような巻き返しと手腕を見せるか注目だ。

米英仏などをみていると大統領や首相は、司馬遼太郎風に言えば、天が時代の風を感じて送り込んだ使命を持った人物という感じがするが、日本の場合は自己保身とたまたま権力闘争に勝利した人物が妖怪のごとき風体で登場する印象を持つのは僕の偏見だろうか。

疲弊しきった地方、国家の行く末をどうするという明確なビジョンを持った人物がさっそうと登場しないものか内心では期待しているのだが・・・・。百年河清を俟つと思われるかもしれないが、マスコミが作り上げるという側面もあるし、チームで考えればいいのではなかろうか。首相は神輿に乗っているだけで議員や官僚がうまく働いてくれる器ないし顔がある人物でもいいのである。

日本の場合、総理大臣は国家元首ではないというのがコロコロ変わってもさほど深刻に取り扱われない理由ではないか。でも天皇に政治をやってもらうわけにはいかない以上、少しは腰を据えてやれる総理大臣を決めるべきだ。そうでないと外交は全く機能しないだろう。
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by attainmentofall8 | 2010-08-26 23:34 | 政治/経済

阿久根市のドタバタ

阿久根市の竹原信一市長が臨時議会を約半年ぶりに招集したそうだ。

鹿児島の人口二万ほどの田舎町なのに今や全国的に有名になった。竹原氏が市長に就任してからの市長と議会との険悪な関係は常にニュースにされてきた。市長自身がブログで職員給与を公開したり、やめさせたい議員の名前を挙げたりして物議をかもしてきたからである。
リコールをうけた出直し市長選挙で再選されて、強気の市長は怖いものなしの市政運営をしているようだ。県も総務省も手を焼いているようにも見える。

結局、人口2万人ほどの小さな田舎の市で議員を16人もかかえ、市職員の平均給料が700万円と知れば、心の中では市長を応援している住民が多いというのが問題の根本にあることだろう。財務状況の悪化を考えれば、彼が提唱している議員などのボーナス半減や市議報酬の日当制導入などは確かに正論に聞こえる。

しかし、これだけの大変革を行うのであれば、ましてや給料に関係していれば猛烈な反対を受けるのは必至ということくらいは市長もわかっていたと思うが、もっと用意周到なスマートな方法をとれなかったものかと思う。これだけ紛糾してから副市長に元愛媛県警巡査部長の仙波敏郎氏をもってきても、焼け石に水だ。

初めから知名度アップを狙ってドタバタやっているのなら当初の目的は達せられたといえるが、専決処分で決めたことに関してはこれから一波乱ありそうだ。いっそ、議員半減、職員のボーナス半減、市議の日当制をぶち上げて再度の出直し市長選をやってみればすっきりするのではないか。これに勝てれば阿久根市民の民度が全国レベルになるし、全国の同レベルの自治体の先行モデルケースになるだろう。
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by attainmentofall8 | 2010-08-25 23:25 | 政治/経済

映画「ベンハー」

映画でCredit titles(監督・出演者などをかいた字幕)が最初にあるのにはホントにまいる。始まってから予告編やマナー向上のフィルムを10分くらい見せられてからなのでなおさらである。映画見に来たんだから早く始めてくれと叫びたくなる瞬間だ(笑)

さらにその映画に前奏曲があったとしたら・・・・

長編映画「ベンハー」(222分)くらいになると、まず鑑賞者に観る前に心の準備をしてくれと言わんばかりに6分も前奏曲が流れる。画面中央に「前奏曲」と書いてあり、下のほうにあと何分と一分刻みで出てはくるが超長く感じられる。6分経ってやっと始まるぞと思いきや
Credit titlesである。

座席に座るやいなや映画作成者の思いのまま、洗脳されてもOK状態で見続けなければならないのは映画のネガティブな面だろうか。悪意にとることもないだろうが、ハリウッドに代表されるように映画の影響は半端ではないと思う。

「ベンハー」の場合、途中休憩(インターミッション)が入るからいいがずっと座り続けるのは体力がいる。一大スペクタクル映画だけあって、徐々に引き込まれていき最初の悪印象が吹っ飛ぶような戦車競争シーンだった。ハラハラして身動きができなかった。映画史に残る名作と誰もが推す映画だけあった。テレビで細切れに、カットされたのを見てもあの映画の本当の良さは出てこないと思う。大画面で見てこその「ベンハー」といえる。

ちなみに原題はA tale of the Christで主人公の名前であるベン・ハーではない。イエス・キリストが磔刑にあう場面が出てくる。愛と光に包まれ母と妹の病も癒えて、復讐の相手であった幼友達メッサラも許せるようになり大団円となる。
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by attainmentofall8 | 2010-08-25 00:56 | 映画/落語/芸能

monokiniモノキニって?

フランスのビーチから「Monokini(モノキニ)」が消えてるそうだ??

Monokinis appear to be out, bikinis in.
Going topless has fallen out of fashion on the beaches of France. A younger generation is less-enamored, calling it passé.
(The Daily Yomiuriに載ったLos Angeles Timesの記事より抜粋)

モノキニがすたれてビキニが当節の流行。
フランスのビーチからトップレスがなくなった。若い世代はトップレスを好まなくなり時代遅れと考えている。

1970年代にフランスのビーチで大流行したトップレスが今は全然流行(はやり)ではないそうだ。当時、社会運動にもなったウーマンリブやピルなどの影響でビーチに跋扈していたトップレス女性が、昨今ではほとんど見かけられないという。

日本のコスプレが大人気のフランスの若い女性たちにとっては、トップレスは「かわいくない」ということだろう。「かわいい」のはビキニスタイルという流行になっているようだ。

この記事で、注目したのはMonokiniという言葉である。正直Bikiniは知っていたがmonokiniは知らなかった。ただこの記事を読めば意味は歴然とする。BikiniのbiがBicycleのbiのように「2」を意味するという連想からmonokini(monoはモノレールやモノトーンのように「1」を表す)という言葉が生まれたのだろうと思われる。
BikiniがTwo piecesの水着であるのに対して、Monokiniはビキニの下半分だけのone pieceの水着ということになる。

最近の若い女性が使う髪を束ねたりブレスレット代わりに使うフリル状のものを何というかもきょう初めて知った。シュシュと言うそうだが、フランス語でChouChouで英語ではScrunchieというのを初めて知った。知らないことだらけ…むなしさだけが残った一日だった。
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by attainmentofall8 | 2010-08-23 23:41 | 英語

自転車乗り

子どもの自転車乗りの練習を見ていて、これは習得した技術だったんだと思い起こされた。自然に乗れるようになったのではない。転んで膝をすりむいたり痛い思いをして、やっとバランスをとれるようになったのだ。

今は子供の年齢に合わせていろんな自転車があるので習得にもそれほど時間がかからないと思う。僕が幼少のころは、 “男自転車“と呼ばれる大人用のものしかなかったので乗れるようになるのに時間がかかったような気がする。サドルに乗っても足がペダルにとどかないので三角乗りという足を斜め横から入れて反対側のペダルにかけて巧みにこいで前進させるという乗り方をして覚えた記憶がある。

今でもタイやベトナム・中国などのニュースが流れると、たまに子供たちの三角乗りの光景が出てくる。荷台に荷物まで積んで実にうまく乗りこなしている。曲芸の世界を見ているような錯覚を起こす。3~4歳の子供でもサドルに座って足が地面につくような小型の自転車が種々そろっている恵まれた国は少ないだろう。

三遊亭歌之助のネタにこういうのがある。彼も三角乗りで自転車を覚えた口だそうだ。昔、皇室アルバムという番組があって皇族方が小さい自転車に乗っているのを見てジェラシーを感じたという。明治時代に作られたような、錆びた古い自転車を三角乗りで、しかも根占の田舎道を乗り回している少年と、ピカピカの最新式の子供用自転車を芝生の上で乗りまわす皇族の少年ではあまりにも違いすぎて比較すべくもない(笑)。

しかしながら高度経済成長の時代にそういうシーンは、大多数の日本人の深層心理に“Keeping up with the Joneses”(隣りに負けないようにうちも買おう)、
”Going from rags to riches”(成り上がり)の夢を与えたことは間違いないだろう。
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by attainmentofall8 | 2010-08-22 22:16 | 雑感