日々の雑感


by さむちゃん
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カテゴリ:読書( 45 )

羊と鋼の森

「羊と鋼の森」宮下奈都著
2016年本屋大賞受賞作品
タイトルだけではどんな作品かさっぱり想像もできないが、読み終えてなるほど納得するネーミングである。「舟を編む」三浦しをん著に似たところがある。「舟を編む」は、辞書編纂に精魂を傾け言葉の大海を漕いでいくような職人の世界を描いた作品だった。

「羊と鋼の森」は、調律師の話で、調律の蘊蓄が随所に出てくる。作中の外村はグランドピアノの蓋が開いたときに森の匂いを感じる。調律師の仕事の奥深さを象徴するメタファーとして森。そして羊は愚直に職を追求していく善と美の存在たる調律師のメタファー。善にも美にも「羊」が漢字のなかに含まれている。

ピアノは鍵盤を叩くと、ハンマーが連動して垂直に張られた弦を打ち、音が鳴る仕組みになっているそうだ。そのハンマーは羊毛を固めたフェルトでできている。つまり羊毛のフェルトのハンマーと鋼の弦がつまったピアノの内臓部を象徴したタイトルとも言える。

お客が調律師に言葉で調律の仕上がり具合を「チーズみたいな音に調律してください」と頼んだらどうするか、と外村とその先輩柳との会話がある。素人考えでは、ただ機械的に調律するだけかと思いきや、調律の奥深さを知る。

巻末の謝辞を読めば分かるが、調律師への徹底的な取材がなされた結果の作品だと納得する。
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by attainmentofall8 | 2016-07-28 23:29 | 読書

武満徹

『武満徹・音楽創造への旅』立花隆著をやっと読み終わった。800ページ近い、原稿用紙に換算すれば千枚以上になるような、読むのに骨の折れる作品である。生前の武満との100時間以上にわたるインタビューと裏を取るための周辺の人々へのインタビューなどを基にして、『文学界』(文芸春秋)に通算8年にもわたって連載された記事がこの大作になっている。

立花隆の緻密なインタビューと文章力で、武満徹という人物の人間像だけでなく彼の音楽観、作曲手法など余すところがないほど細微にわたって記されている。武満の父親が薩摩川内市隈之城の出身ということもあり以前から名前は知っていたが、彼の波乱万丈の人生と世界的な業績にあらためて畏敬の念を覚えた。

武満の哲学的思弁にも圧倒される。音楽を創造するとはこれほどまでに内面に過酷な試練を課さねばならないものかと驚く。「音楽のヘテロジェニティと一個の人間の避けがたい二重性…
音楽は、この宇宙を無限に循環する水のかりそめの形であり河や海と同じものである。作曲という行為は音にかりそめの形をあたえる=縁づけるということである」と武満は言う。

生と死についても、「人間の生は束の間だが、死は無限だ。しかも人間の意識の薄いベールを隔てて、死は常に生のただなかに生き続けている。すると、こうして眺めている風景も、すべては死の風景だと言えなくはない」と言っている。

武満の曲の聴き方が変わってくるのは間違いないだろう。
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by attainmentofall8 | 2016-06-03 00:25 | 読書
読書感想文集で、「十五少年漂流記」と「二年間の休暇」が同じ作品の翻訳版であるということを初めて知った。原作はフランス人作家のジュベール・ベルヌのDeux Ans de Vacances(1888) である。

新潮社が子供向けに出した簡略版の作品が『十五少年漂流記』(1951年(昭和26年))。それに対して福音館書店の翻訳版『二年間の休暇』は、原作に沿った内容で1968年(昭和43年)に出ている。
もちろん原書は同じなので、15人の少年が無人島に漂着していろいろ工夫を重ね生き延びていく話に変わりはない

原作のタイトルDeux Ans de Vacancesからして、「二年間の休暇」が正確な訳だが、「十五少年漂流記」というタイトルの方が読者の興味を引きそうに思う。実際、僕が小学生の時も両方あっただろうが、後者の翻訳版で読んでいる。少年たちが、自然の物を工夫して実用品に作り変えて行くようすをワクワクしながら読んだのを覚えている。





先般の鹿児島女流川柳大会の記念として頂いたヒヤシンス
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by attainmentofall8 | 2014-03-16 17:46 | 読書

台風一過

昨夜、台風がふらせた雨は、トタン屋根の庇に雹をまとめて落としたような音を夜中じゅう立てていたので、朝方雨が止んでやっと眠りにつくことができた。昼間は典型的な台風一過の晴天であった。今月市内の小中学校で予定されている運動会も今日のような日和になるといい。

長崎の「時代吟」に触発されて、書庫からたまたま以前読んだはずの藤沢周平の時代小説を手にしたら面白くてここ数日はまってしまった。映画「武士の一分」の原作である「盲目剣谺返し」も読んだつもりが読んでいなかったようだ。山田洋次監督がこの短編に目を付けたのもうなずける名作である。藤沢作品に共通ともいえる女性への優しさが読後感を一層気持ちよくしてくれる。

映画を見たあとで小説を読む気にはならないものだが、今回は数年後、偶然にも手にしたのが原作だったということである。読み終えて、浅田次郎に似た涙腺を緩ませる勘所を心得た作家藤沢周平にますますのめり込んでしまいそうだ。歴史上の有名人ではなく下級武士にスポットをあてて微妙な人間模様を描いているところもいい。

時代物ついでに、NHK「篤姫」で徳川家定役をした俳優堺雅人は、宮崎歌壇の重鎮で若山牧水記念文学館の館長でもある伊藤一彦の教え子であるというのを「ぼく、牧水!」という二人の対談本で知った。伊藤氏は鹿児島ともたいへん縁の深い方である。教え子と差しで酒を酌み交わしながら文学談義ができるなんて教師冥利に尽きる。堺雅人には、将来島津斉彬役などさせたらうってつけの役ではないかと思う。

読み止しの本に戻らなくては…ちびりちびりで至福の時間。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり  牧水
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by attainmentofall8 | 2013-09-04 21:48 | 読書

わら半紙

好きな作家である水上勉(1919~2004)の小説には、越前岡本の紙漉きの里がよく出てくる。和紙に造詣のある水上の面目躍如と言おうか、「閑話一滴」というPHP誌からのエッセイ集に、わら半紙は、その発想のもとは牛糞であり、ボール紙は馬糞、そして竹紙はパンダの糞である書いている。

水上自身がかかわっていた人形劇団の人形の面を、竹材を原料にして作った和紙を利用していることを紹介している。人形本体は竹細工職人に作ってもらい、その廃材を利用できないかというところから始まったらしい。笹だけ食べるパンダの糞から着想して、竹を皮や竹本体まるごと三日三晩煮詰めてドロドロにして、ボンドを少し加えて粘着を持たせて薄く漉くというものらしい。川内の中越パルプが竹紙を開発するはるか以前に、水上は人形劇団の仲間らと手製の竹紙を作っていたとは驚きだ。

わら半紙とは、ウィキピディアによれば、「明治期からは藁を原料とするパルプから製造された洋紙をさす言葉となり、藁を原料としなくなった現在は中質紙や、さらにその下級紙である更紙(ざらし)、あるいは再生紙をさす言葉として慣例的に使われることがある。また、わら半紙の厚手の物を黄ボール(黄板)と言う。」とある。

つまり、わら半紙はわら粘土や漆喰とおなじ原理であろう。
藁を食む牛、草を食む馬、笹を食むパンダ。糞をみて紙の製法に着眼した先人の知恵はすごいと言わざるを得ない。超楽天主義と匠のしつこさが生み出したものだろう。

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by attainmentofall8 | 2013-08-20 21:54 | 読書

南洲翁の偉大さとは

南洲翁(西郷隆盛)の偉さは何か?

鹿児島出身の作家海音寺潮五郎は、「西郷の偉大さはその個人から立ち上る香気のようなもので、直接対面してみないとないとわからない」と書いている。

渡部昇一は「読中独語」の中で、なぜ偉いかを凡夫にも考えさせるところが南洲の偉大さだろうと禅問答のようなことを述べている。続けて、南洲は余暇に強かったのだろうと言う。余暇が、ある人間の生地であるとすれば、南洲は稀にみる魅力的な生地であったろうというのである。

鶴岡出身の渡部氏のひいき目もあろうが、おおむね妥当な線だろう。庄内藩は明治維新期に会津藩と並び徳川方につき官軍に強硬に抵抗した藩である。庄内藩が降伏するや西郷は庄内藩主と対面し、慈愛で接し藩主以下西郷ファンにしただけでなく、新政府への協力者にしてしまったのである。西郷の死後、南洲翁遺訓をまとめたのは庄内藩士で、薩摩に西郷を慕って留学していた人たちである。小学校時代にその南洲翁遺訓を素読して育った渡部氏ゆえのこの卓見である。

人間の生地がいかにつくられるか、氏の考えによれば、余暇時間の使い方になる。東西の古典を味読し、事物を考証して飽かず、世間を観照してますます人生観を深めていくならばそれがとりもなおさずその人の生地になるというのである。南洲翁の波乱万丈の生涯を考えた時、大久保や大山、久光などとは見え方が違ったのも必然かもしれない。

西南戦争時に留学中の庄内藩士を一部帰したり、鉄壁の熊本城の落城に固執するなど不可解な戦略である。初めから東京に攻め上がるつもりはなかったように思うし、自滅を予想していたようにも感じる。明治天皇より大赦を受けているのも、西南戦争の意義を理解し南洲翁の功績を認めたからに他ならないと確信する。

茫洋として歴史のうねりに身をゆだね、後世にその歴史的意義は忖度してもらうような身の処し方にこそ、南洲翁の偉大さがあるように思う。

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by attainmentofall8 | 2013-08-07 23:56 | 読書
先日知人から戴いた村上春樹著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を、二晩かかって読み終えた。昼間読めないので夜九時過ぎからの読書を考えると一気に読めた方かもしれない。村上春樹の小説に魅了されたともいえる。

わかりにくいタイトルだが、英文のタイトルを読むとすっきりする。Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage 「つくる」と名前が平仮名表記なのでわかりづらいのだろう。多崎作は主人公の名前である。-

あらすじはざっとこんなものである。多崎つくるは、高校時代に仲良し5人グループに所属していた。つくるは東京の大学に、他の4人は地元の大学に進学する。大学二年のとき突然に理由もなく疎外されてしまう。そのトラウマを引きずったままつくるは、東京で駅舎をつくる技術者として会社勤めを続けている。36歳のときガールフレンドに疎外の理由を明らかにするように言われ、昔の仲間を訪ねてまわる。

村上小説特有の、北欧がでてきたり音楽や酒に関して薀蓄の深さを示す場面がでてくるが、今回は、高校時代の同級生がレクサスのセールスマンをしている設定で車描写が細かい。

「個性」とは何か?「人間」とは何か?といったような根源的なところをテーマにした小説である。読みながら、年齢退行療法や小野田寛郎氏のことなどを思い出した。

年齢退行療法は、幼児期あるいはトラウマをかかえた時点に遡って追体験したり、大人の知恵で乗り切ってしまうという療法である。強迫観念的に取りついている言葉を払しょくしたり、幼児期に成し得なかった体験を、体験し直すことで人間関係の修復や自信回復をめざす心理療法である。

小野田寛郎は、日本軍の元兵士で太平洋戦争終結から29年目にフィリピンルバング島から帰還した人である。彼は終戦を知らず密林の中に潜伏し続け、上司の谷口義美元少佐から任務解除・帰国命令を受け、やっと武装解除して投降した。情報将校であった小野田氏がスパイとして洗脳されていた(任務に忠実だったというべきか)ことはよく知られている。人間の「心」が、このような極限まで追い詰めるものかと驚かされる。

小説中の多崎は、おそらくは個性的魅力的な人物なのだろうが、5人仲間の中で唯一色が入っていない名前をもつ自分を「色彩を持たない=個性のない」人間として、知らず知らず自己暗示をかけてしまう。人間関係もうまく築けず、自信のない悩める青年として成長していく。最後には、謎解きのような巡礼の果てにフィンランドまで同級生の女の子を訪ねて行き、そこで暗示を解いてもらうことになるのである。

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by attainmentofall8 | 2013-07-30 11:49 | 読書

「遠い航跡」濱里忠宣著のなかに、詩人竹内てるよの自伝小説「海のオルゴール」にも出てくる有名な「頬」という詩が紹介されている。皇后陛下が国際児童図書評議会のスピーチで引用されて大きな反響をよび、子どもという「いのち」の意味について大きな問いを投げかけた詩だそうだ。知らぬは我ばかりで、今回も恥をさらすようだが、感動せずにはいられないような詩なので抜粋を掲載した。

生れて何も知らぬ 吾子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな

その頬は赤く小さく
今はただ一つの巴旦杏(すもも)にすぎなくとも
いつ人類のための戦ひに
燃えて輝かないといふことがあろう

生れて何もしらぬ 吾子の頬に
母よ 悲しみの涙をおとすな
・・・・・・・・・・・・・・・

ただ自らの弱さといくじなさのために
生れて何も知らぬわが子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな

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by attainmentofall8 | 2013-05-20 08:12 | 読書

朝の読書会

先日、入来の副田小学校に、朝の読書の時間に呼ばれて出かけた。4、5、6年生に何かやってくださいと言うことで出かけたが、着いてみると6年生はこれから修学旅行に出かけるという。同じ町内の小学校3校と合同の修学旅行だそうだ。総勢30名。教職員を合わせたら35名ほどだろうか。出発式を見学させてもらった。熊本のグリーンランドに出かけるそうだ。

15分ほどの持ち時間だったが、笑いヨガのさわりと、「教室はまちがえるところ」、川柳入門の3つを駆け足で話をさせてもらった。わかってもらえたかどうか…
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橋口さんの刻字
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by attainmentofall8 | 2013-05-16 23:08 | 読書

末期の眼

「華」79号(川涯利雄編集)の編集後記に、川涯氏は「末期の眼(まつごのまなこ)」に言及されている。
川端康成の言葉である。死の間際に見る自然、人間がいかに美しく感動的に映るか。末期の眼で周囲を見回すと世の中は驚き、感動する事ばかりだろう。……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い時より、歳を重ねるにつれて目に入るもの感動するものが多くなるものである。野の草花、小さきもの、弱きものに対する慈しみの気持ちが強くなってもくる。そして究極の末期に、眼は今生の別れを惜しむかのように慈悲に満ちた光を発し、見るものすべてを輝かせて脳裏に焼き付けようとするのだろうか。

この世に生を受けた不可思議と、今ここにいる百千萬劫の稀有さを多少なりとも感じられれば、見るもの触れるものすべてが輝きを放たずにいられようか。一感動一首一句で過ごしていけるよう時間を過ごさなくてはいけない。

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by attainmentofall8 | 2013-04-24 23:50 | 読書