日々の雑感


by さむちゃん
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カテゴリ:俳句/短歌/川柳( 180 )

切れ字の「や」

降る雪や明治は遠くなりにけり  中村草田男

切れ字を二つ使った例としてよく取り上げられる俳句だが、教科書にも掲載されている。先日の句会で、この句には似たような先行句があったということを知った。

獺祭忌明治は遠くなりにけり 志賀介子

中七と下五が同じなので盗作のように言われるが、「明治は遠くなりにけり」は、昭和になって「明治を懐かしむ」自然な気持ちとして出てきたフレーズではないだろうか。
しかも後者は、子規の忌日の獺祭忌を使っているので、子規にまつわる文学的な風潮が薄れてきたと慨嘆しているような響きがある。季語によって限定された句に仕上がっている。

一方、草田男の句は、切れ字をダブルで使った悪例と酷評する向きもあるが、大胆に推測するにこの「や」は詠嘆ではなく「並列」の「や」と考えることも可能ではないか。

つまり、「降る雪」はそれに象徴される何か大きな事件と理解すると、人間の忠義やその時代時代の特徴的な人間性を示唆していて、大正・昭和とそれが失われつつあることに慨嘆しているようにも思える。

これは、切れ字を二つ使うことは制約の多い五七五の世界では愚かなことだという共通認識の下での大胆な推理である。草田男はあえてそれにチャレンジしたのだろうか?!
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by attainmentofall8 | 2016-10-14 21:30 | 俳句/短歌/川柳

大関靖博句集

唯一福永耕二師系の結社を標榜する「轍(わだち)」
その主宰をされている大関靖博氏の句集 現代俳句文庫72ふらんす堂 をもらった。収録作品は、「点描画」抄、「風速」抄、「轍」抄、「五十年」抄、それぞれ百句ずつ計四〇〇句。

大関氏は、英米文学者で専門は古英詩。市川中学一年で能村登四郎に出会い能村氏の没後「沖」の編集長をされている。(現在、沖は登四郎の三男研三さんが主宰を務めている。)

第一句集の「点描画」の福永耕二の跋文(昭和53年8月)を載せてあるが、師弟愛が感じられてほほえましい。大関氏に福永耕二が薩摩流で飲まそうとするが頑として肯わなかったそうでその芯の強さを誉めている。

句集より印象に残った句を挙げてみる。

空占めて落葉松の芽の点描画
死に会ひし帰路の陸橋しぐるるよ
錦木や福永耕二三回忌
末裔としてしたたかに落花浴ぶ
黄落といへば耕二の忌なりけり
天命を受け容れて山眠りけり
飛んでゐるとき力抜く蜂の脚
初蝶の既に命の重さかな
たましひが身から飛び出す大嚔
トマト一個ほどの心臓吾にあり


大関氏は、あとがきに、「二物衝撃」と「瑣末主義」について長年悩んできたが、ここ五年ほどでやっとある程度の解決をみて心の平安が戻ってきた、そして「二物衝撃」は「万物調和」の世界へと導かれ、「瑣末主義」は「一毛孔の中に一切仏を見たてまつる」への観照へと導かれていくと書いている。句業五十年の氏の句集にもうすこし浸ってみたい気分になった。
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by attainmentofall8 | 2016-08-17 23:19 | 俳句/短歌/川柳

切れ字「の」

外山滋比古著「省略の文学」を、先日ある方から頂いたので再読する機会を得た。高校の時、読んだのを記憶しているが、当時は内容までは十分理解できなかったように思う。それというのも当時は俳句など全く別世界のことと考えていた節があり、字面だけで内容までは読み切れなかったというのが正直なところである。

普通の文章のロジックを放棄する破格的語法をとるのが俳句であり、月並みな散文性を超克するための必然的方法である。リアリズムの立場から俳句を理解しようとすると、この論理の放棄による純粋詩性を逸してしまうと外山は言う。そして次の一句をあげている。

病雁の夜寒に落て旅寝かな 芭蕉
(やむかりの よさむにおちて たびねかな)

通説のように「病雁が夜寒に舞い落ちて旅寝をする」その姿に、旅に病む作者の孤独と哀愁が二重写しにされていると解釈されるが、そうとしても旅寝の主語を病雁とするか作者自身とするかによって、一句の余情は変わってくる。

「て」によって無理やり主格の転換を行って論理を捻じ曲げていることが、「て」のあとの空間が詩的作用を大きくすると考えられる。

この句の主格を一元的に病雁とするか、二元的に病雁と作者と解するかは「て」の切断力による。つまり散文におけるような意味は俳句には存在しない。
俳句が持っている含蓄は、各人によって異なる解釈を許す曖昧さでありそれが余情というものである。

外山は、旅寝の主格だけを指摘しているが、「夜寒に落ちる」の主格も作者ではないかと私は考える。つまり「病雁の」の「の」で切れるという超文法的異変が起きているとみる。一般的には、「の」は連体修飾語をつくる格助詞と考えられるが、日本国語大辞典には間投詞としての用法を挙げてある。文中の文節末にあって、聞き手を意識しての感動を表わす。間投助詞「な」に近いとある。

「花の色は移りにけりな」の「な」に近いわけである。こう考えると私の解釈もあながち間違いではないだろうと思う。
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by attainmentofall8 | 2016-08-11 22:24 | 俳句/短歌/川柳

華文化講演会

「華」短歌会の文化講演会が、鹿児島市民文化ホールであった。
第一部は七人のパネリストによるシンポジウム「短歌の魅力とは?」
第二部は「現代の喪失」、前華短歌会代表 川涯利雄氏の講演。

シンポジウムは、七人の華の同人が、自己紹介の一首、初めの一首、衝撃の一首、好きな一首を個々に話していくという形式であった。内容的にはすばらしいことを話されているのにシンポジウムという形式に則っていないために、パネリスト同士あるいは聴衆から出た質問に答える討議がほとんどなかったのは残念だった。今回、外部から講師を呼ばないで自前で作り上げた毎年恒例の文化講演会という触れ込みであれば、もっと質問や意見がどんどん出る雰囲気になってもよかったのではと思う。


川涯先生の講演は、岡野弘彦の歌を中心に「現代の喪失」について。
冒頭に、

鳥にあり獣にあり他人にあり我にあり命といふは何をはたらく 宮柊二

という歌を紹介。何をしでかすかわからない人間の不可思議さに言及された。我という漢字は、両手に槍となぎなたを持って人間が本来持っている惻隠の情のような情感を守っているとのこと。

辛くしてわが生き得しは彼らより狡猾なりし故にあらじか 岡野弘彦

岡野氏は特攻を志願するも代々続く神社の宮司を継ぐために親の反対で叶わなかった。亡くなった多くの友人に申し訳ないという感情を常に持っている。鎮魂が日本人には足りないと岡野氏はいう。

坂の上の雲あかあかと夕焼けてまたひとり子が殺されにけり 岡野弘彦

現代人が失ってしまったものを、うたびとの善意で世直ししていく必要があるという結びであった。
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by attainmentofall8 | 2016-08-06 23:05 | 俳句/短歌/川柳

雁ヶ腹摺山

現代短歌新聞の8月5日号、吉村睦人氏の添削コーナーコラムに大変興味深い話がある。

ある歌会で「尾根いくつ越えし向うに見えてゐる雁が腹摺り山を越え来ぬ」という歌に対して、下句を「雁が腹摺り尾根を越ゆるが」と直されたという。すると作者が、「雁が腹摺り」は山の名前です、と言ったそうだ。

ポイントは、「がんがはらすりやま」は山の名前だということである。雁が腹を摺るように山を越えて来たととってしまうのが、一般的だろう。このような固有名詞には「」括弧を付けるといいいとアドバイスしている。

ちなみにこの「雁ヶ腹摺山」は、山梨県大月市にあり、標高1874m。大菩薩嶺から続く小金沢連峰の支脈にある山のひとつだという。
誰がつけたか知れないがずいぶん情趣に富んだ山の名前である。雁が渡る遠景があたかも腹を尾根に摺りつけるように見えたのだろう。

括弧を付けなくてはならないようなものは、例えば花を例にとると・・・薔薇なら「伊豆の踊子」、紫陽花「墨田の花火」、チューリップ「紅獅子」、朝顔「団十郎」なんていうのもある。

川の名前である「坂東太郎」「筑紫二郎「四国三郎」も知っている人は知っているだろうが、知らないと、歌に詠まれた場合には全く歯が立たないことになる。
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by attainmentofall8 | 2016-08-03 19:52 | 俳句/短歌/川柳

切れ字「や」の続き

切れ字の「や」について。前回、

朝顔に釣瓶とられてもらい水 加賀千代女

の「に」は「や」で切れるのが原句だったのではないか、という記事を紹介した。

朝顔や釣瓶とられてもらい水

「に」は理屈が先行する。「や」は「朝顔や」で切れることで、朝顔の咲く朝に、誰かに釣瓶を盗られてもらい水をする、ととるべきではないかというのが久米氏の意見である。一方、釣瓶を盗まれるという無粋なことは俳句にはならないのではないかという意見もある。千代女さんに、もらい水してもらうことを希望する隣人にいたずらで隠されたかなにかではないか?なにせ朝の寝起きの顏でも美人の千代女さんである。

「や」で切った二句一章の句を見ながら、季語との微妙な付き具合をみてみたい。つまり季語が動かず一句の中で生かされているかどうかということである。

あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ  橋本多佳子
あぢさゐや軽くすませる昼の蕎麦  石川 桂郎
あぢさゐや仕舞のつかぬ昼の酒   乙二
あぢさゐやなぜか悲しきこの命   久保田万太郎
紫陽花や家居の腕に腕時計     波多野爽波
紫陽花や師の音声のラヂオより   石田 波郷
紫陽花や子を生み終へし高いびき  岩田 由美
紫陽花や身を持ち崩す庵の主    永井 荷風

紫陽花は、梅雨時の代表的な花であるが、万葉集の時代は「ガクアジサイ」のことだと考えられている。橘諸兄の歌に、「あぢさゐの八重咲くごとく八つ代にをいませわが背子見つつ偲はむ」からみても、大ぶりな色柄からおめでたい花と考えられていたようだ。

今では品種改良されてさまざまな種類があるが、ガクアジサイはホンアジサイに比べ控えめな感じがするのか花言葉は「謙虚」。

ホンアジサイの花言葉は多彩。
ポジティブイメージでは、「元気な女性」「辛抱強い愛情」「一家団欒、家族の結びつき」
ネガティブイメージでは、「移り気・浮気・変節」「冷淡」「高慢・無情」

波郷句は、切れを大事にした波郷らしい句である。師とは秋櫻子のことだろうか。ガクアジサイから師系図がイメージされるうえに、ラヂオを通して聴く師の声に敬意すら抱いている。

万太郎句の「なぜか悲しきこの命」。「気に食わぬ風もあろうに柳かな」という川柳を思い出す。濁世に身を置くしがない人間の宿業すら感じる。この句の場合、無常観があぢさゐという季語を抜きにしては出ないだろう。
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by attainmentofall8 | 2016-07-26 23:48 | 俳句/短歌/川柳

朝顔や

俳句雑誌「火の島」8月号の俳句文語塾(久米芳仙)に面白いことが書かれている。

教科書などにも出てくる加賀千代女の有名な俳句

朝顔に釣瓶とられてもらい水

この句の、「に」は「や」で切れるのではないかという角川源義の意見があることと、飯田龍太「作品のこころ」に、千代女の生地加賀松任市の聖興寺にある茶掛けには「や」で書かれてあるということを紹介している。

「に」の場合を考えてみると、朝顔に釣瓶をとられるというのは不自然で、たとえ取られたとしても一晩の蔓の巻き付きくらいならそっとはずして水をくめばいいわけであまりにできすぎの感がする。優しさを前面に出しすぎで嫌味すら感じてしまう。

一方、切れ字「や」にして二句一章の句と考えると、全く違った意味が現出する。
朝顔や釣瓶とられてもらい水

これなら、泥棒か何かに釣瓶桶を盗まれて水が汲めなくなってしまった。仕方なくもらい水をしたとなり納得のいく句になる。盗まれたなんて無粋なことよと思うなかれ。俳人蘭更によれば、「あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなの、なやめるところあるににたり」と絶賛したという。「や」にしてこそ、美人俳人の千代女の句姿になってくる。

以上が久米氏の要約である。
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by attainmentofall8 | 2016-07-25 22:52 | 俳句/短歌/川柳

俳句の余情

きょうは、ひと月ぶりの俳句会であった。

補助金の申請書記す夏の月
に対して、もろに詠まないこと、余情を読者に連想させるようにつくること、という指摘を受けた。

俳句は詩であるので、事実をそのまま詠むものではないということはわかるが余情を出すというのは難しい。明鏡国語辞典には、余情=詩歌などで表現の背後に感じられる情趣とある。

俳句は寄物陳思(物によせて思いを陳べる)の詩であると主張した山口誓子の句をみてみれば余情という言葉の意味が分かるかもしれない。

夏の河赤き鉄鎖のはし浸る  

川ではなく河。そこに停泊している船から垂れ下がっている鎖だろうか。その先端が水の中に没しているという情景だけである。感動を生んでくれた情景を写生することに徹しているように思える。うだるような暑さに「じゅぅ~」と音をたてて鉄鎖が冷やされているような感じもする。鉄鎖さえ水を求めてだらーんと垂れ下がっている様子から、屈強な男の虚脱感や倦怠感すらイメージさせる。

五七五という制約の中で全てを表現することは不可能だから、感動の余韻・余情をいかに読者に感じ取ってもらえるかが佳句の分かれ目なのだろう。

春の蟻父知らぬ子の小銭入 丸山眞

春の蟻のシンボリックな意味が解らないと丸山先生の句は十分鑑賞できないだろうが、以下の句でニュアンスを探ってみたい。
春の蟻アロエの剣の刃を渉る 脇本星浪
春の蟻はや石亭の庭走る 迫田健路
春の蟻まだ列なさず女寺 矢萩シン
春の蟻とばされながら行方もつ 小檜山繁子
春の蟻はや天日に焦げにけり 阿部みどり女

上掲句から、春の蟻はなんとなく弱弱しいイメージながら、社会性を身につけながら集団に入っていこうとする真面目さ・一途さ・危うさがくみ取れる。しかも丸山句は父のいない母子家庭の少年である。その少年がもつ小銭入れ。境涯句でありながら共感されやすい句でもある。
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by attainmentofall8 | 2016-07-18 23:26 | 俳句/短歌/川柳

小林秀雄の俳句論

小林秀雄と岡潔との対談本「人間の建設」の中に、小林が俳句に関して大変興味深いことを言っている。

小林の飲み仲間の骨董屋が亡くなる。息子が親父の一周忌に親父の句集を出したいので序文を書いてほしいと訪ねてくる。生前にそんな約束をしていたらしい。ちゃんと日記句帳に書いてあるという。それではということで、句帳をもってきてもらい見てみると、駄作(小林の毒舌だが)ばかりで俳句なんていうしろものではない。

ところが中に「小林秀雄を訪ねる」、「小林秀雄に」などの詞書に続けて、
「毒舌を逆らはずきく老いの春」「友来る嬉しからずや春の杯」といった俳句がある。駄作だが、その親友の骨董屋を知っているだけに味わい深いおもしろい俳句に感じたそうだ。

というのも、彼は李朝のいい徳利を持っていてそれを売りもせずに二十八年見せびらかせながら酒を酌み交わしてきたそうだ。そしてついに28年めに酔っぱらった勢いで「お前が危篤になって電報を打ったら返しに行くから」と言って小林がぶんどったという。ところが彼は電報を打つ前に亡くなってしまう。

まあこのような二人だけがよく知る事情があるので、彼の俳句はおもしろいとしみじみ感じたそうだ。「毒舌を逆らはずきく」というのは、小林が徳利を持って帰ったことで、ちょうどその日に詠まれた句だった。

また、「あれはああいふおもむきのもの海鼠かな」や
「二日月河豚啖(くら)はんと急ぐなり」
海鼠の味などお前たちにゃわからないという含意であり、柳橋で芸者をあげたときの芸者を河豚になぞらえていたりと、結局これらの俳句がわかるのは小林ひとりではないかと…

つまり実物を知っていて読んでおもしろいのが俳句だと小林はいう。芭蕉の名句と言われる句は、芭蕉につき合った人だけに分かっている何か微妙なものがあるのではないか?と小林は語っている。

けっきょく短詩型の悲哀というか鑑賞や批評には限界があるということでもあろう。第二の創造といった逃げで曖昧にしているが、作者をよく知らないと句の本意まではどうしてもつかめないということを改めて認識させられた。
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by attainmentofall8 | 2016-07-13 23:40 | 俳句/短歌/川柳

川涯利雄エッセー集

短歌の指導を頂いている川涯利雄先生が、最近二冊の本を上梓された。
「川涯利雄エッセー集」と歌集「エロイカを聞く夜に」

エッセー集は、短歌結社「華」の主宰者で歌誌「華」の編集長を80号(現在103号夏号まで既刊)までされていた先生が書かれたあとがきを再編集したものである。ちょっとお手伝いさせていただいた関係でとても感慨深いものがある。

副題が「フィンランディア―感謝と祷り」
華が創刊するきっかけになる城山ホテルでの松山先生の昏倒から始まり、シベリウスのフィンランディアが響き渡る中、川涯先生ご夫妻が乗った飛行機がシアトル空港に着陸するところへと、息つく暇もないようなスリリングな展開であっという間に358ページを通読してしまう。

歌集「エロイカを聞く夜に」は先生の第一歌集だが、今回文庫版での出版である。
こちらも涙なしには読めない必読の歌集である。華の歌会に参加するようになってすぐに読ませてもらった歌集であるが、短歌のとりこになってしまった歌集でもある。
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by attainmentofall8 | 2016-07-08 17:08 | 俳句/短歌/川柳