日々の雑感


by さむちゃん
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俳句の余情

きょうは、ひと月ぶりの俳句会であった。

補助金の申請書記す夏の月
に対して、もろに詠まないこと、余情を読者に連想させるようにつくること、という指摘を受けた。

俳句は詩であるので、事実をそのまま詠むものではないということはわかるが余情を出すというのは難しい。明鏡国語辞典には、余情=詩歌などで表現の背後に感じられる情趣とある。

俳句は寄物陳思(物によせて思いを陳べる)の詩であると主張した山口誓子の句をみてみれば余情という言葉の意味が分かるかもしれない。

夏の河赤き鉄鎖のはし浸る  

川ではなく河。そこに停泊している船から垂れ下がっている鎖だろうか。その先端が水の中に没しているという情景だけである。感動を生んでくれた情景を写生することに徹しているように思える。うだるような暑さに「じゅぅ~」と音をたてて鉄鎖が冷やされているような感じもする。鉄鎖さえ水を求めてだらーんと垂れ下がっている様子から、屈強な男の虚脱感や倦怠感すらイメージさせる。

五七五という制約の中で全てを表現することは不可能だから、感動の余韻・余情をいかに読者に感じ取ってもらえるかが佳句の分かれ目なのだろう。

春の蟻父知らぬ子の小銭入 丸山眞

春の蟻のシンボリックな意味が解らないと丸山先生の句は十分鑑賞できないだろうが、以下の句でニュアンスを探ってみたい。
春の蟻アロエの剣の刃を渉る 脇本星浪
春の蟻はや石亭の庭走る 迫田健路
春の蟻まだ列なさず女寺 矢萩シン
春の蟻とばされながら行方もつ 小檜山繁子
春の蟻はや天日に焦げにけり 阿部みどり女

上掲句から、春の蟻はなんとなく弱弱しいイメージながら、社会性を身につけながら集団に入っていこうとする真面目さ・一途さ・危うさがくみ取れる。しかも丸山句は父のいない母子家庭の少年である。その少年がもつ小銭入れ。境涯句でありながら共感されやすい句でもある。
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by attainmentofall8 | 2016-07-18 23:26 | 俳句/短歌/川柳