日々の雑感


by さむちゃん
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遊びをせんとや生まれけむ

先日ある方から、NHK「平清盛」で毎回流れる「遊びをせんとやうまれけむ・・・・」の、「遊び」とは何かと問われた。NHKの大河ドラマを見ていないので、そんな今様が流れていることさえ知らない。「閑吟集の言葉からの引用で、遊びとは男の遊びのことでしょう」と間違ったことを言ってしまった。あとでよく調べてみると、梁塵秘抄(りょうじんひしょう)に出てくる言葉で、300年後に出された閑吟集ではない。遊びの解釈は完全な間違いではなさそうだがいろいろな説があるようだ。

今様(今様歌。催馬楽など古風に対する当世風の歌謡を意味する。流行歌、ポップスのようなもの)に狂っていた後白河法皇が1180年前後ごろ(平安時代後期)、今様の集大成として編纂したのが「梁塵秘抄」である。この今様は、庶民の生活感情を歌うものが多く七五調四句が主である。

平安前期の神楽歌(かぐらうた)、東遊歌(あずまあそびうた)が神前の舞楽に用いられ、催馬楽(さいばら)、風俗歌は貴族の遊宴で歌われた。平安中期以降は、漢詩や和歌に曲節をつけてうたう朗詠(ろうえい)が盛んになった。そして平安後期には、今様が流行する。それを受けて、鎌倉武士に愛唱される長編歌謡の宴曲(早歌)につながる。また仏教讃歌である和讃も広く歌われるようになる。
(シグマ新国語便覧を参考)

梁塵秘抄の中に出てくるのが、次の有名な歌である。
「遊びをせんとや生まれけむ。戯れせんとや生まれけむ。遊ぶ子どもの声きけば、わが身さえこそ動(ゆる)がるれ」
文字通りの解釈は、「遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。遊んでいる子供の声を聞いていると、自分の身体さえも動いてしまう。」
この歌の解釈としていくつかある。
①遊女が子供の声に触発されて、わが身の罪深さを嘆いている
②子どもは遊ぶときは時間を忘れて夢中になる。大人もそれに倣って夢中で生きたいものだ。
③遊女が春をひさぐために、男に声をかけたのが下敷きになっている。
④遊興、音曲などに熱をあげて生きることを是とする。

ここで「遊び」は①③では性的な遊びであり、②は子供の遊び④は趣味娯楽の遊びということになろうか。
もう一つ仏教的な意味での「遊び」には、人のため人の喜ぶことをするのを遊びという説もあるそうだ。例えばボランティアのように実収入が無くてもそれが人を幸せにし、喜ばせることであれば立派な「遊び」である。
NHKの大河ドラマでは、ドラマのテーマから考えて、夢中で生きることを勧めている②が模範的解答かもしれない。しかし、NHKも意図してか意図せずか知らないが、教育的配慮を含ませている面が無きにしも非ずなので、「遊び」の勧めで消費を刺激する、あるいは少子化に歯止めを、という狙いがあるのではと勘繰るのは考え過ぎだろうか。(笑)

時の権力者である後白河法皇が、出家する前遊女との遊びに狂い、連動的に今様に狂ったと考えるのは不自然ではない。つい最近の明治天皇さえ6人の側室、徳川家の11代将軍家斉に至っては、妾16人、もうけた子供53人と言われている。

歌詞を抜きに考えるなら、NHKの大河ドラマに流れるあのゆったりとした音曲には、えも言われぬ郷愁を感じる。それが日本人のDNAを刺激しているからなのか、真宗の和讃で聞く曲に似ているからなのかはわからない。

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by attainmentofall8 | 2012-07-11 23:47 | 音楽、コンサート